第一章

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「こんな所で何やってんの? 明らかに不審人物だよ」  解放しながらそう尋ねると、水を得た魚のように、アケチの目が活き活きと輝きだした。 「僕の靴をイタズラする不届き者がいるんだ」 静かな、それでいて低い声で言った。まるで『これは密室トリックだ!』とでも言っているかのような言い方にいささかうんざりしながらも、少しだけ興味を惹かれるてしまう。  でも悔しいから、できるだけ興味がない素振りを見せる。 「あんたの靴をイタズラして何が楽しいのよ」 「これは僕に対する犯人からの挑戦状だ」  大仰に言い放つと、アケチは再び柱の陰から下駄箱のほうを見つめた。 「そんなところで何イチャイチャしてんだ?」  背後から突然声をかけられ、反射的に振り向くと、そこにはまぶしいほどに超絶イケメンの神津蓮≪かみつれん≫がいた。 「イチャイチャなんかしてないッ!」 「イチャイチャなんかしてないわよっ!」  私とアケチは、ほぼ同時に同じ言葉を吐き出した。  まるで狂犬にでも吠えられたかのように驚いた蓮くん。でも、驚いた顔さえかっこいい蓮くんが首を捻る。 「そうか? イチャイチャしているようにしか見えないけど……じゃあ、ここで何やってんだ?」  アケチは相も変わらず臨戦態勢で、口元に人差し指を当てながら小声で答える。 「シー……静かに。今日こそは、犯人をとっ捕まえてやるんだから邪魔するな」  答えにならない答えに戸惑う蓮くんは、救いを求める様に私をみた。 「アケチの靴をイタズラする、モノ好きがいるらしいわよ」  私の答えに、蓮くんが意外そうに目を丸くした。 「マジか……アケチにちょっかいを出すなんて、そんな酔狂な奴がいるんだな」  私と同じくらいアケチの事をよく知る蓮くんが、半ば感心するようにつぶやいた。  それもそのはず、アケチの探偵モードにスイッチが入ると、かなり面倒くさいヤツになる。  海で泳いだ後に、砂がついた水着を洗うくらい面倒くさい。  海水浴は遊んでいるときは楽しいから、どれだけ水着が砂だらけになっても体がベタベタになっても海に行きたくなる。でも、アケチにちょっかいを出しても何ひとつ楽しいことはない。ただただ面倒くさいだけだ。  アケチは無類の探偵好き、みんなに自分のことを『アケチ』と呼ばせているあたり、かなりイタいヤツだ。誰も興味を持たない事柄を、事件だ謎だと騒ぎ立てては周りを巻き込んでかき回す。  この間も、冷蔵庫に入っていたプリンが無くなったと大騒ぎして、隣の家の私んちの冷蔵庫を勝手に探索して、アケチのお母さんにめっちゃ怒られてたっけ。プリンは単にアケチのお母さんからもらっただけなんだけど、頭にきたからアケチの目の前でこれ見よがしに食べてやった。  そんなこんなで何でもかんでも『謎だ、事件だ』と騒ぎ立てるアケチに、あえて寝た子を起こすような真似は誰もしない。
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