第一章

6/14
前へ
/65ページ
次へ
 話し合うまでもなく、蓮くんは聖来というニンジンにまんまとかぶりついた。  話はすぐについたけど、すぐに戻ってくると思っていた聖来が、なかなか戻ってこない。 「遅くないか」  蓮くんが心配そうに、時計を見た。  確かに。『ちょっと』はせいぜい二・三分、五分までが許容範囲。でも、すでに十五分は経過している。  何かあったのかな。 「事件の臭いがする」  今の今まで廃人だった男が、ゾンビとなって復活した。もとい、廃人と化していたアケチが、水を得た魚のように目を爛々と輝かせていた。  何やらアケチのポンコツ探偵アンテナが、何かのレーダーを察知したらしい。  この先、テンション高い面倒くさいアケチに、振り回されるのが決定した瞬間だった。  蓮くんと二人同時に大きなため息を漏らしたのは、言うまでもない。  アケチは先陣を切って美術室へと向う。  その後ろを私と蓮くんがついていってるだけなんだけど、何やら視線が痛い。  蓮くんの隣を歩いている私のことが気に入らないのか、鋭いまなざしで私のことを睨んでくる人たちがいた。  蓮くんは超絶イケメンで背が高くて、成績優秀なうえに運動神経も抜群。モテないわけがない。そんなモテモテの蓮くんの隣を、私みたいな冴えない女の子が歩いていればそりゃあ、面白くないのは理解できるけど、ただ隣を歩いているだけなのに、嫉妬に燃えた視線を投げられても困る。  でも、そんな熱烈な視線を送ったところで、蓮くんの心には、すでにひとりの女の子でいっぱいなんだから無駄ですよ。  むふふふふふ……。  とはいえ、この視線は痛すぎる。これを無視できるほど私の神経は太くない。  少しだけ歩くテンポをずらして、蓮くんの後ろを歩くようにした。  けれど、少し遅れて歩く私に蓮くんが振り返って首をかしげた。 「どうした? 具合でも悪いのか?」  蓮くんは頭がいい割には、女心には疎いみたい。 「あのさ、蓮くんいい加減自分がモテるって事、自覚してくれないかな」 「……?」  子犬のような目で首をかしげるその仕草。  ズルい。無意識だからホントたちが悪い。  そんな目で女の子を見つめたら瞬殺ですよ。心臓破裂でキュン死ですよ。  思わず恨みがましく睨みつける私に、蓮くんは更に首を捻る。 「さっきから、女の子たちの視線がめちゃめちゃ刺さってきてるの気付かない?」  言われて周りをキョロキョロする蓮くん。  恥ずかしさのあまりサッと姿を隠す子、少しでも認知してもらいたくて笑顔で手を振る子と様々だけど、蓮くんは自分に視線が集中していることに、全く気づいていない様子だ。  ふと疑問が浮かんだ。 「蓮くんさ、自分がものすご~くモテるって気付いてる?」  すると蓮くんは驚いたように目を見開いた。 「俺が? モテる? 笑えない冗談言うのはやめてくれ」  いや、それこっちのセリフだから!  蓮くんはカッコいいんです。成長するに従いほんとカッコよく成長しました。半分アケチに分けてあげてほしいくらい。 「下駄箱にいっぱい手紙入ってたよね」 「ああ、あれかホント迷惑してんだよ。俺の下駄箱をゴミ箱だと勘違いしているやつらがいるんだ」 「……」  蓮くんの言葉に、私はマリアナ海溝よりも深ーいため息をついた。  この時、長年の謎がついに解けた。  蓮くんが、どうして人に迷惑ばかりかけるアケチと仲がいいのか。単なる幼馴染だけではアケチとは付き合えない。それなのに長年連れ添っているのは、ひとえに鈍感だからに尽きる。  そうじゃなきゃアケチと友だち付き合いなんて無理。マジで無理!  私がアケチの面倒を見ているのは、会うたびにアケチのお母さんに泣いて頼まれるからだ。  そう言えば、この前蓮くんも、おばさんに『智明の事見捨てないでやってね』って、しがみついてお願いされてたっけ。  私と蓮くんは小学校からの付き合いで、言わば同志なわけだけど、ホントこの鈍感さは何なんだろう。  でも、この鈍感さも蓮くんの魅力の一つでもあるんだけどね。  思いを込めて一生懸命書いたラブレターをゴミだと思われていたなんて、ちょっと……いや、かなり悲しい。  これは、ここだけの話にしておこう。 「蓮くん、それゴミじゃないから」 「え? ゴミじゃないのか?」  連くんは心底驚いたように目を見開いた。  ゴミなわけないじゃん。よく見てよ。花柄やハート柄の封筒だよ。どうしてそれがゴミなわけ? どんだけ鈍いのよ。っていうか、これまでラブレターって見たことないの? これだけモテてそれはないよね。ならわかるはずなんだけどな、普通。 「ゴミじゃないから捨てないで」 「……うん、わかった。ゴミじゃないのか、そうか……なら、アケチへの依頼か?」  何故そうなるっ!  いつから蓮くんはアケチの窓口になった?  っていうか、そもそもアケチに依頼は来ない。絶対ない。うちのおじいちゃんに生理が来ないくらい、ないから! 「お願いだから、読んで。読めばわかるから」 「……読めばわかるのか? そうか……」 「そうだよ! だから、絶対捨てないで! わかった?」 「…お、おう、わかった。次から捨てずにちゃんと読む」  力説する私に蓮くんは若干引き気味に頷いた。 そんなこんなで美術室についた私たちだけど、美術室が何やら騒がしい。  めずらしくポンコツ探偵アンテナが正常に作動したらしい。  蓮くんもそう思ったらしく、二人して顔を見合わせた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加