第一章

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アケチはすごく怒鳴られたのに『めげる』ってことを知らないのか、しぶとく部長さんに食らいつく。 「絵を探すお手伝いをしたいだけですよ。質問に答えてくれたら、すぐ退散しますんで、お願いしますよ」 「本当に質問に答えたら、出て行くんだな?」  執拗につきまとうアケチに観念したのか、部長さんが聞いた。  すると、アケチはニコニコ笑顔で頷いた。  ゾンビ対ゴブリン、今回の対決はゾンビに軍配が上がったようだ。 「部長さんが最後に絵を見たのはいつですか?」 「朝登校してきたときに、絵の具の乾き具合を見に来たのが最後だ」 「どんな絵なんですか?」  部長さんは何故か口を閉ざした。すると、アケチは別の質問をした。 「この部屋は施錠されていたんですか?」 「いいや、カギはかかっていない」 「で、どんな絵なんですか?」 「……」 「部長さんの絵がここに置いてあったのは、皆さんご存じなんですか?」 「ああ、知っている」 「ところで、どんな絵を描かれたんですか?」 「……」 「部長さんがこの部屋に来た時、誰かいましたか?」 「いいや、誰もいなかった」 「誰かに恨まれてるとか?」 「さあな、自分に心当たりがなくても恨まれることもあるからな」 「で、どんな絵なんですか?」 「……」  いくつもの質問にすんなり答える部長さん。けれど、絵の内容になると、なぜか口をつぐむ。  どうしてそれだけ答えてくれないのか気になるけど、先ほどから痛いくらいの視線を感じる。  これは蓮くんの隣を歩いていた時に感じた視線とは、少し様子が違う。見れば、鋭い視線でこちらを睨みつけている女生徒がいた。  女生徒は部長さんやアケチではなく、私や蓮くんでもなくなぜか聖来の事を睨んでいるようだった。  こっそり聖来に聞いてみる。 「ねえねえ、聖来。あの人さっきからずっと聖来の事睨んでるけど、あんたなんかしたの?」  聖来も視線には気づいていたようで、少し困った顔をした。 「谷口先輩……でしょ。私には心当たりがないんだけど、何日か前から私に対して当たりが強いのよ。気付かないうちに何かやらかしちゃったのかな」  不安そうな聖来。  聖来はとても美人でスタイルもいい。頭も良くて運動もできる。普通ここまで完璧だといわれのない妬みや恨みを買いやすいが、男っぽいサバサバした性格ゆえか、同性からあまり嫌われることがない。中学の時には女の子からもラブレターをもらうくらいだ。  とはいえ、面白く思わない人もいるだろう。モテるがゆえに恨まれるのは、ある意味仕方のないことかもしれない。  そんな事を考えている間にも、アケチと部長さんの会話は続いていた。 「朝、絵は乾いていましたか?」 「いや、まだ乾いていなかったからここに置いておいたんだ」 「そうですか。それなら心配ですね」 「ああ、そうだな。誰かのいたずらなら早く返してほしいもんだ」 「心配はそれだけですか?」 「絵がなくなったんだ、それ以外に何を心配しろって言うんだ」  怒り気味の部長の言葉に、アケチは納得したようにうなずいた。 「本当に、早く見つかるといいですね。で、どんな絵なんですか?」 「……」  またもや無言の部長さん。 「どんな食べ物が好きなんですか?」 「ハンバーグ」  これには部長さんはすんなり答えてくれた。 「おお、僕と一緒です。で、どんな絵なんですか?」 「……」  かたくなに口を閉ざす部長に対し、しつこく聞くアケチ。絵以外の質問は全く関係ない事になっていることに、はたして気付いているのか……。 「どんな小説が好きですか?」 「あまり本は読まない」 「え? そうなんですか? 僕は推理小説が好きなんです。アーサー・コナン・ドイルの緋色の研究はおすすめですよ。で、どんな絵なんですか?」 「……」 「どんなパンツ履いてるんですか?」 「白の――って、そんな事聞いてどうするんだっ! もういいだろ。さっさと出て行ってくれ」  パンツの色まで答えようとしたくせに、自分が描いた絵の事だけは言おうとしない部長さん。これにはアケチも観念したようだ。  ゴブリンの勝利である。
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