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第一章
柱の陰に隠れ、何やら不審な動きをしている者がいる。
通称『アケチ』
本名は立花智明≪たちばなともあき≫だけど、名前の智明を逆にすると『明智』であることから、そう呼ばれるようになった。
というよりも、本人がそう呼んでほしいと公言しているので、 みんな仕方なくそう呼んでいると、私は思っている。
この『アケチ』、主君にパワハラされ謀反を起こしたのはいいけど、誰も味方になってくれず三日天下で終わった明智光秀。
ではなくて、江戸川乱歩が生み出し、探偵でありながら変装を得意とし容姿端麗で頭脳明晰、小林少年を助手にして怪人二十面相と対峙する、スーパンマンのような明智小五郎のほうを意識しているようだ。
でも、どう見ても、見た目は子ども、頭脳は大人『真実はいつもひとつ』って名言を口にする、ちっちゃくなった探偵の保護者のおっちゃんに近い。
そんな彼の肩をポンポンと叩いた。
「うわぁっ!」
アケチは私が近づいてきた事に気づいていなかったのか、予想以上に驚いた。
「な、な、何よ。そんなに驚いて、私の方がびっくりするじゃない」
「急に肩を叩かれたら、誰だってびっくりするだろ、っていうか、静かに」
そう言ってアケチは私の腕を引っ張り、柱の陰に引きずりこんだ。
思いもよらない急接近に、私の心臓はムダに暴れ出した。
バカがつくほど推理好きの単なる幼馴染が、肌のぬくもりを感じるほど近づいたというだけなのに、心臓が暴れ出した。
暴れん坊将軍以上に暴れ出した。といっても、暴れん坊将軍がどんだけ暴れるかは全く知らない。
私の心臓は小さな胸を突き破って今にも飛び出してきそうな勢いで、ドックン、ドックン暴れている。
けれど私の心臓のことなんてお構いなしに、アケチが小声でささやく。
「今日こそは絶対に捕まえてやる。助手である小林君がこの場にいるのは心強い」
その言葉に、私の心臓は思わず止まってしまったかと思うほど、嘘のように静かになった。
代わりに頭が爆発を起こした。
戦隊ヒーローが変身を終えてポーズを決めた時、後ろの方でものすごい勢いで爆発するくらい爆発した。
爆薬を惜しまないほどの大爆発だ。
「はぁ? もう一回言ってみ。誰がこの場にいるって? あぁ?」
「す……すみません、間違えました。く、苦しいので、離していただけますでしょうか、莉子さん」
気づけばアケチの胸ぐらを掴んでいた。
「私が小林君って言われるの、どのくらいイヤかって知ってるよね」
アケチは悲哀に満ちた瞳を向けてきた。そんな目で見たって私の怒りはおさまらない。
「もったいないなぁ~、せっかく小林っていう特別な苗字を授かったっていうのに、なんでそんなにイヤがるかな」
『小林』が悪いわけじゃない。むしろ『小林』にはいっさい罪はない。
けれど、全国の小林さんには申し訳ないけど、私は小林っていう苗字が大嫌いだ。
綾小路とか伊集院とかが良かった、とまでは言わない。小林でなければ鈴木でも佐藤でも塩でも胡椒でも……ってこれは言いすぎだけど、小林以外ならなんでもいい。
どうせなら私だって明智が良かった。明智がダメなら、『じっちゃんの名にかけて』って方でもいい。
ホントのところ、『小林』が気に入らないわけじゃない。ことさらアケチに小林君呼ばわりされるのが、『助手感』が半端ないからイヤなのだ。
「なんならあんたの事、ワトソン君って呼ぶよ。どちらかといえば、小五郎のおじちゃんの方がお似合いだと思うけど?」
「……それだけは勘弁してください」
お代官さまぁ~って、言葉が続きそうなセリフを吐くアケチ。
怒りはおさまらないけど、アケチが捨てられた子犬のような目で私を見つめるので、仕方なく解放した。
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