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アラサーの兄弟、マルボロを分け合う。お兄ちゃんは、グレイに、何か赤色でかすれた英語がプリントされた長袖Tシャツ、インディゴジーンズ、スリッパ。なのくんは、上下うすグレイのスウェットだったのを、こんなんじゃ見苦しいねと着替えて来て、今は黄色のトレーナーにうすいブルウのワイドバギーデニム。こんな、けっこうお洒落なもん、どうやって手に入れているのか、訊けないけれど、どうしても訊きたい訳でもない。
ポッキーがおいしい。わたしはふだん食べないから新鮮で、つい手が伸びる白い皿の上、あとはカントリィマアムと海老せん、りっさちゃんが出してくれた。
「あんた達、りくちゃんに煙、行かないようにしなさいよ」
「ああうん」
「いや、別にいいっすよ、来てないし、りっさちゃん」
わたしはダイニングルームの焦げ茶色のイスに座ったまま半身になって云う。
「あらそお」
おじさんは笑っている。りっさちゃんはキッチンに何かを取りに行った。エプロンはしていない。水色のセーターに茶の細身コーデュロイパンツ、毛玉が付いていたり、どこかから糸がほつれ出ているなんてことはまずない。いつもそう。くすんだ水色はなぜか部屋のトーンとちゃんと足並みを揃えていて、家主。わたしや他の人も、大方、ひとから見るとそうなのだろう。
手伝おうかなと思うが、あまりにも取って付けたような「社交上やりますやります」というのは、もう、仕事だけでお腹一杯で嫌だしなあと、やめておく。どうせ身内だし、叔母だし。
りっさちゃんは、てきぱき行き来して「りくちゃん、しば漬けなんて食べないよね」
「うーん」
「俺もらうわ」
「じゃあ自分で取って、コウ」
幸ちゃんはスリッパをすとすとさせてキッチンへ向かう。なのくんはまた一口、マルボロを深く味わう。
おじさんは
「幸は、最近オッサン化現象すごいからなぁ、しば漬けだってさ、りくちゃん」
「いいじゃん別に」
と、なのくんが云う。なんとなくわたしとおじさんは目と口を横に広げて笑う。
たしかに幸ちゃんの目尻の皺はふえた。五年前より、三倍くらいに感じる。わたしもなのくんも二十九なのだから、幸ちゃんは三十三、そりゃそうだなと思っても、どこか他人に瘡蓋をつつかれるような感覚になる。
「つーか、五年前はともかく、今は俺も親父も兄貴も全員オッサンだろ」
なのくんのフラットな口調に皆笑う。
「やだわぁ、皆オッサンよ」
嫌そうではない云い方のりっさちゃん。
「俺もだいぶふけたでしょ」
おじさんが云うので
「いや全然、ふさふさだし、顔色も前とおんなじだし。うちのとうちゃんなんてアタマもう瀕死ですからね」
二十三区内の、貧乏でも裕福でもない五階建てマンションの三階の空気に、活気が漲る。こまかい活気のモトみたいな妖精がたくさん居る気がしてくる。
皆の声が、より大きくなる。
「やだぁ、りくちゃん」
「おじさんのアタマ、そんなヤバイの」
「うん。ヤバイってゆうか、わたしは、戦後の焼け野原って呼んでる」
「うわー」
なのくんの吐いた煙のうしろで、幸ちゃんは皺を総動員させている。
「だってさ、とうちゃんがソファに座ってるの、たまに上から見たら、おいこれ昔社会の教科書で見たやつにそっくりじゃんて思って」
「やだぁー」
おじさんはむせながら、なのくんから阿吽の呼吸で一本受け取り、火をつける。
自分の掃除機のコードは今どこなのか?黄色のテープなのか、赤が見えているのか、小六の時に思い付いてからいつも思っている。
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