4人が本棚に入れています
本棚に追加
おじさんは、福島のどこかの、なかなか貧しい感じの家の出身で、津波はまぬかれたけど原発事故のせいでもうそこには帰れないらしい。
わたしの三才の記憶の時から、東京の似合わないひとだ。
空の広く青い所に長く居たひとの顔だと思う。
りっさちゃんは色白で背すじがすっとしていて、アイブロウの描き方ひとつ見ても、ダサさと無縁に見える。おじさんは基本的には「母さん」と呼ぶけれど、たまに誰かにのっかって「りっさちゃん」と呼ぶ。
「今からちらし寿司でも作ろうかあ」
キッチンから叔母が云うので
「いや、わたしはいいです、ポッキーでお腹いっぱいだし、このあと予定ありますし」
返って来たなのくんが
「ナンで、食わないの」
「うん、てゆーかナンか手伝わして。最後、少し食器洗いくらい」
「いーわよー何気つかってんのりくちゃん、カズトシさんの教育行き届きすぎよお」
三人の男が笑う。
「カズトシさんは、ちゃんとしてるからなぁ」
「偉いけどね」
「ちょっと、つかれるけどね」
わたしも笑う。
布巾で手を軽く拭きながらダイニングテーブルに戻ってきた小顔のひとは簡単に云う。
「りくちゃんちは、あなた、両親ともちゃんとちゃんとだからねー、あんま真に受けてたら疲れちゃうから、てきとーに自分守りなさいよ」
兄弟が苦笑いして、お湯の沸く音がすると、弟が立ってお茶を淹れ直しに行く。ライトブルウの長い脚。健康で仕事をしない長い脚。
「俺はもういいよ」
「あいよ」
というやり取りを、わたしは傍観している。
「りくちゃんはもう一杯飲みなよ、安いお茶だけど」
兄がまた皺をつくって云うと、おじさんも似た顔で頷き、ポッキーが消えてゆく。
この家は昔からてきとうなんだよな。一度、天井の照明を見て、胃の力が抜けるような感じに陥る。
わたしが、ふだん職場や家で、あれがあれでない、きちんと出来ていない、何とかしなくってはならない時間がない頑張ってるのにと、頭に来たら一人ちょっと泣いたり、クッションを壁に投げたり、スーパーの、駐輪場のルール違反の誰かの斜めった自転車をPMSで蹴っ飛ばしているのと、同じ、人で、生活、人生ではある。ひとだから。
全然似ていないわたしとなのくんのおばあちゃんは、自分に厳しく無口で、ひとに指図しない人だった。
五年前その人が死んだ時、看取ったのはなのくんだった。
最初のコメントを投稿しよう!