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皆仕事で忙しくて、ずっと側についていてあげられるのは、なのくんしか居なかった。
色々、人が亡くなるとすぐにしなくちゃならない雑事を、彼は専門家のようにこなした。それだけ出来ても就職はしない。
仕事が十二連勤で、体がくたくたの所でお通夜が来て参加してるっちゅーに、パンプスのヒールの高さがどうとか云って来るので母とケンカになり、壁際で胃をさすっていると、兄弟がその頃世間で流行っていた映画の話をもちかけてくれた。
誰もその映画を見なかった。主演の外国人俳優がイケメンに入るか否かということだった。「イケメン」に票を入れたのは、たしか幸ちゃんだけだった。
兄弟は手分けして親族皆の荷物という荷物を何往復もして車の運転もして運び、暑い所に居続けて、誰かが日陰に入ってとすすめても「俺ら丈夫ですから」「無駄にね」日陰に人が詰まらないよう気をつかっていた。
母は、りっさちゃんは事なかれ主義なのよと云う。おばあちゃんは地味な人だったけど、最低限社会に迷惑はかけなかったわ。
戦後の焼け野原の日本で、社会が何だか考える暇もないほど右肩上がりに頑張ってきたのだ。三島由紀夫が日本終了宣言をしてひと時代と少したってから、幸ちゃんとわたしとなのくんは生まれた。
二十歳の時にそれを知ってショックだったなぁ、ミシマの切り捨てた日本が、彼の云う「ぶよぶよの日本」になってからずいぶん来てしまってから生まれているのだから。
幸ちゃんは、歩けるようになった頃からよく気をつかい、ノイローゼ気味の小学生になり、うちのとうちゃんは株で儲けて土地をいくつか買って、売った。おじさんがなぜサントリーに入ったのかはわからない。とうちゃんが今の会社に入った年、スリーマイルで事故が起きたのだそうな。
わたしはとうちゃんの儲けの恩恵を十分に受けて育ち、兄弟にはあまりそういう感じは見られなかった。おじさんはいつ会っても笑っていて、顔色がよく、りっさちゃんは女優のように実年齢よりいくつも若く見えた。バブルがはじけて、それが号令だったみたいにとうちゃんの頭はハゲだした。
なのくんがニートになった時、誰もがまたすぐ働き始めるんだろうと、楽観的に考えていたと思う。テレビに出てくるニートと彼は違うし。顔色もよく、よく話すし、動きは機敏で、負のムードを醸し出さない。でもテレビに出てくる多くのニートより長く働いていない。
わたしの職場のDちゃんのお兄ちゃんも働いていない。三ヶ月間パチンコ屋でバイトしたが、また辞めたのだそうだ。「女親が甘やかすからですよ」と彼女は云う。
友達の涼子の兄貴も働いていない。過労で肝臓を壊して、一人暮らしの哀しい夜中の血尿で救急車呼んで、先々月三日入院した妹の、使わなくなったヴィトンのバッグを売って彼女とランドに行ったってよ。無職なのに彼女居るんだね。なんかねー、そういう能力はあんのよね。
わたしは、ふだんなのくんがどんな風に過ごしているのか詳しくは知らない。「大体ネット」と云うけれど。
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