なのくん

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親戚は口を揃えて「コウちゃんは変わった。やさしくて繊細な危なっかしさがとれて大人らしくなってきた」と喜んだ。 中学生の頃は、目もあわせてくれなかった。 わたしは大学入学と共にファミレスでバイトをはじめ、大学を中退してファミレスのアルバイトチーフになり、先々のことを考えて退職し、化粧品会社に中途採用の正規社員として入社した。 女社長は美脚自慢の中年女優に似ていて、強く、ショートカット早口で、センテンスとセンテンスの間で手を叩く癖があった。芸能人へのロビー活動効果もあってか、会社の業績はわるくなかった。 女社長が四十二で予定外の妊娠をしてしまった。 それと、震災後のごたごたの影響や、ロビー相手だった女性芸能人の人気低迷などの影響の難が、ほぼわたし一人に乗っかった。 入社当初から、女社長に性格と仕事ぶりを気に入られて、いい気になって、個人的に食事をしたり、ちょっとした頼まれ事を安請け合いしてきたつけが回ってきたのだろう。 スタッフの補填をせずにドバイに新婚旅行に行った女社長は、自分のしあわせを考えているのであって、わたしはわたし自身のことをマネジメントし直さなければならない。 DちゃんもEさんも、五万円の美容液を手の甲に塗り込みながら、パッケージデザインの変更をしながら、落ち目のタレントへのお手紙を書きながら女社長の悪口をひたすら云う日々が毎日毎週続いたが、少し落ちついて考えれば、当たり前のことだった。 いざという時には人に不幸を負わせても気にしない能力も含めてアグレッシブなエブリディ十三センチピンヒールの女社長は、だからこそ起業出来た所もあるのだろうし、社員をしあわせにする為に生きているんではない。各々考えよ。 とうちゃんの会社は、落ちぶれ気味の日本をまだまだ支えているけれど、聞いているとわたしにとっては仕事内容はつまらなそうで、魅力がわからずじまい。コネで入れば収入は確保できるわけだが、向いていないと思った。 ユリは入っといたらと云ったが、とうちゃんは向いてない奴は入ってくるなと云った。どちらに従ったわけでもない。 ここ数年間に、無理な姿勢をしていたら肩がこって、もう、こる前の肩が思い出せないみたいに、誰の為に働いているのかわからなくなっていた。 そんな心身の時に、Eさんとのことを彼氏に電話で「りくが、もっとEさんの良いところを探してあげればいいんじゃないの」「Eさんのこと、もっと好きになる努力、した?」と云われると無性にイヤになった。たしかに君はジェントルマンだけど、いつまでも実家でお母さんに掃除洗濯トイレ掃除してもらってる身でわたしにそれ云うか、わたしは全部自分でやってるよ、ゴミの分別の面倒さも知らん君に上から云われましても。 そこまでは云ってもしょうがないし云わないが。 「女と女はまた少し君らと違うんだよ。うちの職場は今ほぼ女だけだから、よけいややこしいの」 自社のシートパックのダマスクローズの香りで気を鎮めようと、云いすぎないようにしているのに 「でもさ」 でもさってカットインされると何かがもう無理で、これだから年下ってやだ、人心わかってないし正論ならべやがって。彼をすきだった気持ちはデフレの世相にとけてゆく。
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