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「おいタナダ、聞いてんのか?」突然横から男の声が聞こえてきた。
「これ見てみい。オイルホールにヤスリの傷入ってるやん」男は怒っているようだ。彼は俺が取り扱った製品を手に持っている。
俺は身の危険を感じた。思わず血の気が引いてしまい頭の中が真っ白になってしまった。
(どうしよう、怒られる……。てか、オイルホールって一体何なんだよ? 製品の左右両方の側面にある光沢のある溝の部分ていうのは分かるんだが……)
「作業中にぼうっとすな。機械に手え挟んで怪我でもしたら、泣くの自分やで。頼むでシゲルちゃん」男は怒鳴ってはこなかった。身の危険は回避された。とりあえず安堵した。
「エヘヘッ」と、俺は愛想笑いをしつつ男に軽くお辞儀をしてその場を何とかやり過ごした。
いつもガミガミとうるさく言ってくる目の前の男は、政岡守といって俺が勤務するこの工場の社員だ。
彼は兵庫県尼崎市出身の四十代半ばの初老の男で、中年太りの体型で最近やたらと頭頂部の薄毛を気にしている。
彼は一年ほど前にパート勤務の身分でこの会社に入社してきた。だがしかし、どういう訳か彼は入社して三ヵ月後にはこの会社で社員となったのだ。勤続年数としては十年以上も俺よりも後輩のはずなのにだ。
遺憾ながら、俺は今ではその後輩に顎で使われている。
おい政岡、お前の存在価値など俺がいた魔界では良くても下級悪魔のゴブリン程度にしか過ぎん。
王の俺からすればお前の存在価値など、この世界の何かで例えるならば、蟻以下の何者でもないのだ。
俺は本来こんな所にいる男ではない。いずれ神として魔界に帰還しなければならない。今のうちにチマチマと小言をほざいていろ。
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