69.訣別の運命 3/3

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69.訣別の運命 3/3

―― * ―― * ――  金色の光芒の中で、少年はすべての記憶を取り戻した。 (そうか、やっと全部理解できた)  自分が何者なのかも。言い知れぬもどかしさの正体も。  なぜ自分があの泉に現れたのか、なぜ勇者や魔王という言葉に不可解な不安や怖れを抱いたのか。  全ての答えは己の(アウラ)の中にあった。 (僕は、勇者などではなかった。僕こそが倒すべき敵、魔王だったんだ)  魔王という他者の魂を隠し秘めていたわけではない。あの暴嵐の記憶は、紛れもなく自分自身のものだ。  失われた記憶。それはかつて魔王であったこと、気まぐれに人を襲い、街を国を滅ぼしたこと、世界を地獄に陥れようとしたこと。  (アウラ)は告げていた。隠された秘密が知れた時、世界は敵になる、と。 (そうじゃない、僕が世界の敵だったんだ。  人間の王となり人々を従えてやるというあの言葉も、僕自身のものだ。僕は、再び世界を滅ぼそうとした)  あのまま闇に陥ちていたら、間違いなく魔王が復活していた。それも、人の姿を持ち人の間に隠れ棲むという最悪の形で。  想い返すだけで恐怖に身体が震える。  そうならずに済んだのは、今自分を包んでいるこの光が闇を切り裂いてくれたおかげだ。  彼女が守ってくれた。  彼女が与えてくれた真名(ヴェリナ)が、魔の呪縛から解き放ってくれた。 (ラキィ! ラキィ!)  ラルコは、胸の奥に輝く金色の芒星を抱きしめた。涙が止まらない、今すぐ彼女のもとへ飛んで帰りたい。 (駄目だ。僕はまだ、何も成し遂げていない)  魔王であったという事実、それは決して消し去ることのできない原罪だ。この大いなる罪を(あがな)い尽くすまで、安らぎを求めることなど許されない。  でも、この罪をどう償えば良いのだろう。  人として、勇者として、人々の住む世界を守る。新たな敵、再び生まれたという魔王と魂を賭して戦う。  それ以外に出来ることはない。そのために生を受けた。  でも……。 「僕はもう、あの場所へは戻れない」  つぶやきとともに、仲間達の顔が、シーニャの笑顔が脳裏に浮かんだ。 (僕は彼女の敵だ。たとえ彼女が真実を知ることがなくても、その事実に変わりはない。  僕には、彼女の隣に立つ資格がない)  では、どこに向かえば良いというのか。  世界の何処にも自分の居場所などない。出来ることなら、この世から消えてしまいたかった。  だがそれさえも、決して許されることではないのだ。  例えようもない喪失感に身体がすくむ。足を踏み出そうとしても、その勇気が出なかった。  ふと前を見ると、魔人が跪き歓喜に身を震わせながら何事かを訴えていた。 (気が付かなかった、いつからここにいたんだ。  魔王に忠誠を誓う? 僕と一緒に王国を築くだって?  こいつは何を言ってるんだ、サングラを殺した(かたき)のくせに)  怒りの衝動に駆られ、剣を閃かせると、魔人は真っ二つになった。  だが。 「グギャッ!」  魔人が倒れるとすぐに、数頭の小型魔獣が飛び込んで来てその身体を担ぎ上げた。  半分ずつの肉体が合わせられると、マドゥクランは再び声を上げる。 「まさに孤高! 我が助力など不要と申される!  さもありましょう! なれば我は我の望むことを成すのみ!  我は予言する、あなたはいずれの日か必ずや北へ向かい、かの偽の王と雌雄を決すると!  ならば我は南へ向かい王国を、王の軍団を育て上げましょう! 来るべき決戦の日に、王の一翼となすために!  あああ誤解なされませぬよう! 決して王の為などではございませぬ!  全ては我が望み! 王のために身を投げ命を尽くすことこそ、我が至高の歓びに他ならないのです!  なればこそ、今ここで王に殺されるわけにはまいりませぬ!  今日はこの場を去りましょう! 再びまみえる日を夢見て、我はかの地にて精進を尽くし力をたくわえましょう!  来るべきその日まで!  どうか王よ……!  壮健であられんことを……!」  マドゥクランは、魔獣たちに担ぎ上げられた格好のまま、森の彼方へと走り去って行く。  後を追いとどめを刺そうという気持ちには、何故かならなかった。  すでに彼の者に対する興味は失せていた。  今望むのは、静寂の中にひとり佇み絶望に息を吐くことだけだ。  眼を伏せ足元に視線を向けると、そこに人の形をした黒い染みが残っていた。 (サングラ……)  それは、かつて友であったものの名残り。 (君がいてくれなかったら、仲間を助けることは出来なかった。僕の魂も魔人の餌食となって、再び人類を害する敵となっていたことだろう。  君は世界を救ったんだ。本当にありがとう)  ラルコは近くに落ちていた彼の剣を拾い上げると、黒い人形(ひとがた)の傍らに突き立てた。 (君の魂はここに置いて行く。きっと後で皆が迎えに来てくれるよ。  でも君の想いは、一緒に連れて行っていいかい? これからもずっと、僕のそばにいて欲しいんだ)  胸の奥に微かに残る若草色(ジュヌハーブ)のきらめきを、そっと握りしめる。それは、金色に輝く星とともに彼の心を温かなもので満たしてくれた。 (さあ行こう。ここではない、何処でもない何処かへ。  僕は使命を果たす。たとえ独りきりになろうも、世界中から許されざる敵と誹られようとも。  ラキィとの約束を守るために。そして僕が僕であるために)  絶望を胸に秘め、希望を友に抱いて。  少年はひとり、森の奥へと去って行った。
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