69.訣別の運命 1/3

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69.訣別の運命 1/3

―― * ―― * ――  タイガの森に、嵐が吹き荒れていた。  静かな森の一角に突如生じた漆黒の旋風は、周囲の木々を飲み込みながら次第に大きさを増していき、ついには直径1カマールにも及ぶ龍嵐の結界を形作った。  結界の中には陽光さえ届かず、暗闇に烈風が吹きすさぶ。風は灼熱をおびて、森の木々を焼き大地を茜色に照らした。  嵐の中心に立つのは、片腕の少年。いや、少年の形をした何かだった。  闇よりも黒い影。血の色に染まる双眸。全身から放たれる凶気は、世界を絶望の海に沈めてなお余るほど。  その者は声を放つ。言葉にならぬ叫喚は、だが誰の耳にも明らかな意味をともなっていた。  すなわち『世界よ呪われろ』と。そして『世界よ、我を呪え』と。  足元に落ちていた右腕が剣を握ったまま宙に浮かび、欠けた肘に吸い寄せられる。  叫声はやがて哄笑へと変わり、その響きがさらなる嵐を呼んだ。  少年の傍らでは、一体の魔人が身を横たえ、焼け溶けた身体から黒い血を流し死の苦痛にあえぎながら、歓喜に眼を輝かせていた。 「王よ! 王よ! そこにいたのですね!  あああ……我は信じておりました! あなたは不滅だと! 人になど滅せられるはずがないと!  我はここに! 今ここに! 再び忠誠を誓いましょう! 暴嵐のゴウラの復活と、氷酷の魔王国の再興に!」  四肢は焼け崩れ肉体は滅びの淵にあってなお、(ゴウラ)は黒き光を失わず。マドゥクランは声を限りに歓喜をうたい、吹きすさぶ嵐に負けじと魔王の復活を言祝ぐ。 「ゴフッ……。ガハアッ!  我が魂底の……歓びをもで……!  ごの身を……! ゴウラの全でを……! 我が王に……さざ……げ……」  だが少年は聞かず、見ず。そして知らず。  魔人の歓声がやがて枯れ、その魂とともに風の彼方に散り去ろうとしたことも。その時、闇茜(ガラスロジェ)の結界に乱入する者がいたことも。  それは小型犬ほどの大きさの、鼠とも猿ともつかぬ姿の魔獣の群れ。それらは外の世界から黒い嵐の中に突入してくると、熱気に身を灼かれながらも臆することなく魔人のもとへと馳せ寄り、もはや肉塊となり果てたその身体の上に自らの身を投げ出した。  するとどうしたことか、魔獣の肉はマドゥクランであったものと交じり合い、溶け合って一つになる。  続いて別の一体が。さらにもう一体が。  魔獣は次々と飛び込んで来ては、魔人であったものにその身を捧げて行く。やがてそれは秩序もなく無数の手足と頭部を生やした、奇怪な肉の造形物となり果てた。  そして更に。  肉の塊が不気味な蠕動を始めるとともに、その内側から骨の砕ける音と何かをすりつぶすような不快な音が響いてきた。  そう、魔獣の肉が咀嚼されているのだ。  やがて肉塊は無数の手足を全て身の内に沈め、続けてあらたな四肢と頭部を顕す。  ほどなく、以前と寸分たがわぬ姿の魔人が、大地を踏みしめゆっくりと立ち上がった。 「グククク……。  王よ! ああ、王よ!」  復活したマドゥクランは諸手を広げて、漆黒の王に声を捧げる。 「さあ、共に参りましょうぞ! 世界に再び、血と破壊と絶望の楽土をもたらさんと!」  だがやはり、少年の影は何の反応も示さず、ただ立ち尽くすのみ。  魔人が王の前にひざまずき、手を差し伸べようとしたその時。漆黒の影を破って、金色の光がほとばしった。
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