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69.訣別の運命 2/3
―― * ―― * ――
ルミニア・ブラージェ副王率いる騎士団がそれを見たのは、砦に帰還すべく渡河船で川に漕ぎ出して、まもなくのことだった。
雲一つない晴天に突然の強風が吹きすさび、穏やかだった水面に荒波が立ち始めた。
いぶかしむ暇もなく風は急激に強さを増し、ついには嵐のごとき烈風となって船の前進をはばむ。
騎士達はアウラの光を櫂に流し込んで両舷に展開させ、船体を安定させようと試みるが、川面は千々に乱れ、頭上を越えるほどの高波が襲いかかってくる。川船としては比較的余裕があるはずの中型船も、外海の嵐のような大波にはなす術もなく翻弄された。
「何だこの風は!」
「くそっ、どうなってんだ!」
「おい、あれを見ろ!」
その時、騎士の一人が叫び声を上げた。
指差す先に眼を向けると、森の奥に真黒な龍嵐が湧き立っていくのが見えた。
風は黒雲を中心に吹き荒れ、ちぎれ飛んだ木々や土砂を巻き込んで、渦巻く濁流のような景色を森の上空に描き出している。
龍嵐の雲は、だが周囲の土煙とは一線を画す、闇の暗さを湛えていた。
それはまるで陽の光さえも拒絶するかのような、そして奥底にほのかな血の色をにじませる、闇茜。数カマールの彼方にあってなお見る者の魂を引きずり込もうとする、漆黒の奈落。
騎士達は櫂を漕ぐのも忘れ、そびえ立つ異形の風景にしばし眼を奪われた。
「左舷警告! 衝撃に備えろ!」
先頭を進む一艘で、水先の叫び声が響く。その直後、大きな衝撃音とともに船体が宙に浮いた。
船と変わらぬほどの巨大魚が、横から体当たりしてきたのだ。
騎士達は振り落とされそうになりながらも何とか体勢を保とうとする。だがその後も、他の2艘にも大小さまざまな魚の群れが次々にぶつかり、船体をきしませた。
見渡せば、川のあちこちで大小さまざまな魚や鰐、水棲の魔獣などが跳び、あるいは川の中を狂ったように疾走している。どうやら異変は水上だけでなく、水中にまで及んでいるようだ。
それだけではない。空では多くの鳥が旋風に巻き込まれ、黒雲に飲み込まれて行くのが見える。だが鳥達はそれでも、飛び立つのをやめようとしない。
みな何かに怯え、理性を失っていた。
それは動物達だけでなく、人間も同じだった。
森の奥にそびえ立つそれを眼にした瞬間、誰もが奈落に落ち込むような恐怖におののいた。
そこにあるのは、破滅。絶望。死と破壊の衝動をまき散らす、底知れぬ悪意。
騎士達は悪夢に追い立てられるように夢中で櫂をこぎ、対岸を目指した。
その間も、狂乱に陥った巨魚や魚竜との衝突は続く。ついには一艘が舷側を破壊され航行不能に陥ってしまった。
他の二艘が乗員を助け出したが、そちらも無傷というわけではない。
櫂は半数以上が折れ、船体には穴が開き浸水が始まっている。
予備の小型艇は水に降ろした途端に大波にあおられ転覆してしまった。
もはや船が沈むのが早いか、岸に着くのが早いか。死にもの狂いで櫂を漕ぎ、到着直前で水に没した船を捨て、猛魚に追われながら泳いで岸にたどり着いた。
そして陸に上がり、対岸を振り返ったその時だった。
闇の底から突如あふれ出した閃光が、黒い龍嵐を切り裂いた。
それはまるで、森の底から太陽が生じたかのように。
金色の夜明けとともに、嵐は始まった時と同様唐突に止み、黒雲は消え去る寸前、光に照らされて虹色に輝いた。
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