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「あ、あそこ」
戻るか? と呟いていた相馬がふいに指さした先には、一台の自販機。近づくと、かろうじて整備された河川敷にベンチも発見した。これはまあ、決まりだろう。
顔を見合わせて自販機を眺める。年季の入ったそれに目新しい商品はなく、水お茶コーヒーとほとんどが定番の商品で埋まっていた。
「ミルクティーでいい?」
高校の時に良く買っていた。相馬に言ったことがあっただろうか。考えながら返事をした直後に相馬はもうボタンを押していて、できる彼氏さながら、僕の財布は日の目を見る前に押しとどめられた。
「つき合ってくれたお礼」
「ありがとう」
「どーいたしまして」
相馬は笑って、かろうじて整備されている河川敷に見つけたベンチまで、草で覆われた坂を危なげなくおりていく。僕はその道をたどって、二人でベンチに腰かけた。
風はもう秋の匂いを含んでいる。水はさわさわと流れ、太陽は薄曇りの向こうで空気を温める。心地のいい夕方の予感に僕は息をついた。
「入るのって、専門と関係ある会社?」
「全然。文系なんてほとんどそうだよ」
「そっかー」
どうしてここで相馬と喋っているのか。そんな不思議を思いながら、同級生のこと、大学のこと、会社のこと、相馬に聞き出されるまま話して、相馬の話を聞いて、並べているはずの肩は全く遠い気がした。
不規則になりがちな仕事時間。二年しか勉強していない専門分野の埋められない差に、一年前に転職してきた同僚は優秀そのもの。上司の言うことは分かるが、どう改善すればいいのか分からないことが多い。相馬の愚痴をまとめるとそんな感じで、けれど話を聞く限り、相馬はできる範囲のそれらを努力で補っていた。
でも楽しい、と言ってのけた相馬は笑っていて、それは光そのものだった。
その眩しさに耐えられなくなった僕の気持ちの一部が、胸の膜をすり抜けてぽとりと腑に落ちる。べちゃりとつぶれたそれは、シミのように黒く広がっていった。
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