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一
うららかな小春日和。
銀座の歩行者天国は、春を楽しむ人たちであふれていた。
ひらひらと舞うモンシロチョウが、小田優美の目の前を通り過ぎるが、優美は険しい顔で、表通りに目を配っていた。
スマホを開き、せわしない指さばきで電話をかける。
数コール呼び出し音が続く。
『ただ今電話に出られません……』
「もおっ!」電話を切る。
すかさずショートメールを打ちだすと、店内から出てきた岩倉健太が「どお?」と声をかけた。
「ごめん健太」優美が首をふる。
「お母さん大丈夫?」
「もう、いっつも! ほんとイラッとする!……ほんとごめん」
「……優美、顔怖いよ」健太が苦笑する。
「え? 怖くもなるでしょ! こんな大事な日に!」
「俺に当たるなよ……」
「あ……ごめん……」
「まぁ、ウチは大丈夫だから。いったん中入るよ」
健太が店内に戻ると、優美のスマホが振動した。あわてて通話ボタンを押す。
「お母さん、いまどこ?」
通り沿いの地下鉄の出口に目を走らせる。
「ごめんね優美……出口間違えたみた——」
「えーっ? 何が見える? なんか目立つ建物ない?」
「それがね、皇居が見えるのよ」
「えっ? 皇居?」
「ほんとに、どこで間違えたのかしら……」
母のおっとりした口調に、イライラがつのる。
「おっきい通りある? お母さん」
「うん、車がたくさん走ってる」
「そしたらタクシー止めて、運転手さんに携帯渡して! わたしが場所説明するから」
「タクシー……そんな、もったいな——」
「もう十五分も遅れてるの! お母さんのせいで! わたしがお金払うから言う通りにして!」
声を荒げる優美に、驚いた通行人が目をやる。
「ごめん優美。そうするから……」
母はタクシーに乗ると、遠ざかる皇居を名残惜しそうに目で追った。
通話を終えた優美は、「はぁ……」と一息漏らす。レストランの窓ガラスに映る険しい顔にハッとして、ムリやり口角を上げ、すこし乱れた髪を直す。
店内で待つ健太と両親に「あと十分くらいで着きますから」と告げ、ふたたび表通りに出た。
中央通りは歩行者天国で車が入れない。優美は銀座マロニエ通りまで歩き、母が乗るタクシーを待った。
—— やっぱり、駅で待ち合わすんだった……
およそ十五分後、ようやく到着した母を連れて、優美はレストランに急いだ。
これから初めての、両家の顔合わせだ。
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