8人が本棚に入れています
本棚に追加
「オレ、アンタの事がずっと」
「にお……」
名前を呼び掛けて、口を閉じる。
そうだ。弐織はオレを覚えていないかもしれないんだよね。何度も無駄になった朝食や、鳴らないチャイムを思い出す。
「旧世代体質」さえ影響を受けるようなシステムを使用されて、問題が生じないとは言えないし、もし弐織の言葉が本当なら、「書き換えられた」ことで忘れてしまってもおかしくないだろう。
慌てて口を閉じたけれど、遅かった。
弐織は足を止めて、こっちを向いた。両目に怪訝を浮かべて。
「あなた、誰ですか?」
お約束な言い方かな。記憶喪失もののドラマで何度も聞いた。
……なんとなく予想はしてたけど、やっぱり痛い。胸がズキズキする。
この痛みを消す事は、簡単にできる。ちょっと端末を操作するだけ。そうすればこの痛みを忘れて、快適に過ごせる。
だけどそれはしない。人から変わり者だと思われるかもしれないけど、他人からどう思われようが、どうでも良い。だってオレは、この痛みを抱えて生きていくって決めたから。
胸の痛みを受け止める。
あの時何もできなかった自分の無力さを理解する。
弐織の手を取る事が出来たかもしれない。もっと早く、弐織のように想いを伝えれば良かったかもしれない。
まだ胸がズキズキと痛むのを感じながら、オレは微笑んだ。
弐織はちょっと不快になるかもしれない。なんせ、今のオレは弐織にとって真っ赤な他人。
それなのにこんな事を言ったらどうなるか。心配だけど、弐織の中では大した跡も残してくれないだろうなぁ。
弐織は国家から支給されるシステムによって、「旧世代体質」を気にせず生活できるようになっている。だから、不快感だって簡単に消せる。
美人で頭の良い彼女さんに「妙な人間に声掛けられちまった」なんて言いつつ、その不快感をシステムで消すんだろう。
……それならあの時言えなかったこと、言っても良いかな? 結局オレはいつだってシステム頼みなのかもしれない。思わず自嘲する。
「オレは、アンタのことがずっとずっと大好きだった人間だよ」
最初のコメントを投稿しよう!