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「どうしたの? 弐織」
「なあ、この俳優と女優、嫌いあっていなかったか? 演技も性格もまるであわないって。恋愛映画での共演がハラスメントコードに引っ掛かったっていう噂も聞いたけど」
「そうだねー。どっからどう見ても、仲が良さそうには見えないかな?」
「じゃあなんで、こんな幸せそうに結婚報告してんだよ」
弐織が指す液晶の中で、2人の男女は心底幸せそうに結婚報告をしている。
あの不仲振りは演技だったんじゃ? と思うレベルだけど、共演させようとした制作陣がハラスメントコードに引っ掛かったんだから、演技でもなんでもなく、本当に不仲なんだろう。
それなのに幸せそうに結婚します、と声を合わせている。
オレ達にとっては今更で、特に疑問も抱かないけど、「旧世代体質」の人が見たらおかしいと思う光景かも。
「この俳優さん、イケメンで演技力も凄いでしょ? 女優さんの方も美人で演技は完璧。この2人の子供、絶対優秀な子役になって将来優秀な俳優になるよね。だから結婚するんだよ」
「……確かに優秀な遺伝子同士を組み合わせれば優秀な子供が確実に生まれる時代だよ、今は。でもオレが言いたいのは結婚する理由じゃなくて」
「分かってるよ。遺伝子同士の組み合わせで子供の才能が確約出来るように、設定した時間になれば眠気が簡単に消えちゃうみたいに、嫌いっていう気持ちも、簡単に操作できる時代なんだ。新しい才能のため、個人の嫌いっていう感情は好きに変換するんだよ」
「それがオレにはよく分からない」
多分、今の世の中への嫌味でも、自分が「旧世代体質」であることを皮肉るでもなくて、心底から分かっていない様子で弐織は首を傾げる。
……オレはシステムの影響を受けて暮らしているその他大勢だ。極々少数の「旧世代体質」である弐織の気持ちを本当には理解できない。
だけど、嫌いを好きに、好きを嫌いにできるっていうのが、よく分からないのは、同じだった。
オレは弐織が大好き。それは紛れもない本心なのに、手元の端末を少し操作するだけで大嫌いになってしまう。
ちょっと端末を操作して、感情面を組み替えれば、心底から「アンタなんて嫌いだ」って酷い言葉を言えるだろう。
だけど弐織はそれが出来ない。冗談で「壱琉が嫌いだ」って言う事は出来ても、本当に嫌いになるなら、決定的な何かか、積み重なった不満が必要なんだ。
オレと弐織の、決して相容れない違いが怖くて、不安で、だけどそれさえ簡単に消してしまえるシステムに、違和感がある。散々世話になっておいて、不満を唱えるのは違うかもしれないけれど。
ただ、オレの気持ちは端末で簡単に変わってしまうけれど、それでもオレは弐織が大切で、弐織もオレを大切にしてくれてるって思う。
ちっぽけな端末1つで変わってしまう感情だけれど、それでもきっと、本物だって。
オレは縋る様に思っていた。
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