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旧世代体質は完全ではない。
大切な話があるんだ、なんて改めて切り出された時から、嫌な予感はしていたと思う。
システムはそれを不調だと判断したみたいで、嫌な予感はすぐに消えたけれど、改めて自分の部屋で弐織と向き合えば、嫌な予感は戻ってくる。それをシステムが即座に消すけれど、いたちごっこだ。
「壱琉」
改まったように呼ばれてしまったら、もう駄目。嫌な予感なんて漠然とした感情ではなく、「聞きたくない」っていう強い思いが生まれる。
オレが快適に過ごすためのシステムは、その拒絶を正確に読み取って聴覚を制限するプログラムを起動した。これでオレに弐織の声は届かない。オレを傷付けるだろう言葉を聞かずに済むのだ。
だけどオレは、システムを制御するパネルに指を這わせて、聴覚制限の解除を命じ、心情をスキャンする機能も主電源からオフにした。
これでどんなに心が拒絶しても、どれほど辛い言葉を言われても、守ってくれるシステムはなくなった。自分で自分の感情を受け止めなくてはいけない。
弐織は当たり前にしてきたことなのに、ひどく緊張したし、怖いと思った。けれど同時に、きちんと聞いて、きちんと受け止めなくてはいけないと思ったのだ。システムによってショックを軽減される形ではなく、ましてや不都合な現実を排除する事もせずに。
オレがシステムをシャットダウンさせたのが意外だったのか、弐織が目を見開いて、それから、少し寂しそうにその目を伏せた。
今にも泣きそうな顔なのに、もう1度オレを見た弐織は綺麗に微笑んでいる。感情をプログラムによって制御できない「旧世代体質」の人特有の表情だ。
泣きそうなのに微笑んだり。怒っているのに涙を流したり。
プログラムによって不快な感情は押し出され、単純明快な感情だけが残るオレ達には浮かべられない表情だ。
オレは弐織のそういった顔が綺麗だと思う。もちろん泣いている弐織なんて見たくないけど、複数の感情が共存しているような表情は、とても綺麗だって。
だけど今日ばかりは、そんな弐織の表情も胸を痛めるだけ。
それでもオレは、自衛プログラムだの、感情制御システムだのを完全に断ち切って、弐織に向き合った。
思えば、剥き出しのまま誰かと生の触れ合いをするのは、これが初めてかもしれない。
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