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「オレの交際相手……婚約者が、国から定められたんだ」
初めて剥き出しで触れた言葉は、いとも簡単にオレの胸を貫いた。
痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い!!
刺されたワケではないのに、右手が無意識に自分の胸元に触れた。当然だけど、そこに傷はないし、血も付かない。
胸は痛いし、頭はぐるぐるして、吐きそうだ。
オレ達はずっと、やさしい世界でだけ、生きていたのだと突き付けられた。
ショッキングな出来事は個人が受け止められるレベルまで緩和されて伝わり、それでも受け止められないレベルなら即座に削除すれば、無かった事にできた。
弐織はずっと、こんな痛みを抱えていたんだろうか。
こんな痛みを感じながら、オレの隣でいつも笑っていたの?
「弐織……」
でも、なんで。それは声にならなかった。痛みと混乱でぐちゃぐちゃな思考でも、“ソレ”に慣れたオレには分かってしまったから。
国は優秀な遺伝子を後世に残そうとしている。
弐織の「旧世代体質」を欠損だと言う人間は決して少なくないけれど、弐織はそうした人間の目から見ても優秀な頭脳と秀麗な相貌を持っている。国が次世代のために欲しがるのも頷けるのだ。
オレ達にとって当たり前の考えだったのに、どうしてか吐き気がした。分かってしまった自分が嫌だった。
ふと過ったのは、あの朝、芸能ニュースを見て首を傾げていた弐織の姿。
今なら、ほんの少しだけ、その気持ちも分かるかもしれない。
あの俳優と女優は、共演がハラスメントコードに触れるレベルで嫌いあっていたのに、システムの力で好き合っているカップルにされてしまった。それはまるで、人間さえシステムの一種だと思っているみたいで。
……あれ? そこまで考えてオレは、1つの可能性に行き当たる。
「だけど弐織、旧世代体質だよね? システムの力は一切受け付けない。好意を押し付けるなんて、できないんじゃない?」
それなら婚約も破談になるかもしれない。そう期待を込めて言ったものの、弐織は小さく首を振った。
「旧世代体質は、システムの効果を完全に受け付けないワケじゃないみたいだ。一般に出回っている物はもちろん影響されねぇけど、国家保有の物なら効く可能性も高いんだってよ。なんでも、威力が桁違いなんだと。1度で効かないなら複数回使えば、旧世代体質のオレにも影響はばっちり。オレの好意は消えて、婚約者様への好意に書き換えられるんだと」
同意のない婚約なら、相手のハラスメントコードに触れてくれるはず。そう期待していたのに。
項垂れて、ふと、こんな時なのに、弐織の言い方に引っ掛かりを覚えた。
好意が消える。書き換えられる。まるで、誰か他に、想い人がいるみたいな。
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