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裸の男が寝ている。
ベッドのシーツは捲れあがり、私の下着も男のものも部屋に散乱している。私はベッドに頬杖をつきながらだらしなく眠る男を眺める。
それは、綺麗な死体みたいだった。
テーブルに置かれた煙草を手に取る。オレンジ色のライターはコンビニで適当に選んだものだろう。
私は煙草を吸わない。昨晩煙草を吸っていた男の姿を思い出しながら不器用に火をつける。吸い込まれた煙は私の咳とともに外へ飛び出した。
こんなの人間が吸うものじゃない。
男の部屋には本棚がところ狭しと並べられている。私はそこの一員になれなかった本へ手を伸ばす。こたつから極力出たくないので、指の先を使って本をこちらへと引き寄せる。
日焼けしてしまっているその本は、赤い表紙が美しかった。
本のタイトルは『純情な君』だった。
私は思わず笑ってしまった。だってそれは彼女にぴったりなタイトルだと思っていたから。
四宮へ
こんばんは。永山です。
この間駅で偶然会ったときは本当に驚きました。四宮は今女の人なんですね。
そういえば四宮は高校生の時、可愛いものが好きだったなぁなんて思い出しました。四宮が声をかけてくれなかったら気づかずに通りすぎているところでした。ありがとう。
永山へ
こんにちは。四宮です。連絡ありがとう。
正直声をかけようかとても迷いました。でも永山の顔が永山のままだったので、それがなんだか面白かったので声をかけました。
隣にいたのは恋人ですか? 終始ニコニコしていて、いい人そうだと思いました。永山が幸せならとても嬉しいです。
四宮へ
永山です。彼は恋人です。五歳年上の会社の先輩です。本と映画が好きなのでとても気が合います。今度ちゃんと四宮にも紹介したいと思います。
四宮は、好きな人や恋人はいるのですか? 四宮は男性を好きになるのかな? 無知でごめんなさい。教えてくれると嬉しいです。
永山へ
返事が遅くなってごめんなさい。携帯が壊れてしまって連絡が取れなかったの。
私は女性を好きになります。高校生の頃からずっと好きな人がいます。永山にはバレたくないので内緒にしておきます。
永山が幸せそうで良かったです。永山の良いところを分かってくれる人があなたの隣に居ることが嬉しいです。幸せになってね。
四宮へ
こんばんは。携帯の復活おめでとう。何かあったんじゃないかと心配していました。
四宮の好きな人、とても気になります。四宮は女子だけでなく男子とも仲が良くて、実は少しやきもちを妬いていました。
私の良いところを彼に聞いてみました。「純情なところ」と言われました。あまりピンときません。辞書で引いてみたけど、私に似合う言葉とは思いません。私は純情って四宮にぴったりな言葉だと思います。だって四宮はずっと一人の女の子を好きでいるのだから。なんだか最近彼のことが分からないです。愚痴ってごめんね。
永山へ
こんにちは。毎回「永山へ」って付けるの、すっかり慣れてしまいました。最初は永山の真似をしていたんだけれど手紙みたいでいいと思います。
永山は純情だと思います。だって永山は人見知りだったけれど誰に対しても思いやりのある子だったから。クラスの男子が永山に告白しているところを目撃したことがあります。永山は断っていたけれど「ありがとう、ありがとう」ってその子の手を握っていたよね。私もあまり純情の意味は分からないけれど、その言葉を聞いて永山を思い浮かべました。だからつまりそういうことなんじゃないかな。永山が今悩んでいるのなら会いたいです。好きな人の話も聞いてほしいな。今なら話せそうだと思うから。
四宮へ
こんばんは。今日は月が綺麗ですね。四宮、私純情なんかじゃないの。でも四宮がそう言うのなら本当にそうなのかもしれない。
四宮、言えなかったの。誰にも話せなかったの。体が痛いよ。彼が暴力を振るうの。「純情な君が好き」って言いながら殴られるの。分からないよ。四宮、助けて。
四宮へ
返事を待てなくてごめんね。四宮、ありがとう。私が私じゃなかったら良かったな。ごめんね。さようなら。
彼女は、永山は、そのメッセージを最後に自ら命を絶った。
彼女とのメッセージのやりとりを読み返すとさらに笑いが込み上げてくる。おかしくて楽しくて仕方がない。
鞄の中からそれを取り出す。こたつから出て、男の上に馬乗りになった。
私はそれで綺麗な死体を何度も何度も突き刺す。男の体がビクッとなったり、部屋中に飛び散る赤色が黒色に見えたりして面白い。
「永山は、純情なんかじゃなかったよ」
言いたかったのはこんな言葉じゃない。
私は綺麗な死体が人の形でなくなるまで行為を止めなかった。
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