光の道

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光の道

 赤い赤い光が、黒い道にぽつぽつとある。光が照らし出すは一つのライン。  僕はただその赤い光に沿って、歩き続ける。光は輝いていて、だけどその輝きは瞬間に消えてしまいそうで、僕の胸はちりちりとする。ただ前へ進むのは、この先の光の方が少しだけ強く見えるから、少しずつ強くなっているように見えるから。それはただ真っ暗なところに取り残されるのが怖いだけなのかもしれない。  だけど、この砂利道、なだらかな上り坂。靴裏いっぱいに広がっていく痛み、徐々に重力に屈するように痛み出すふくらはぎ。寒風の中、背をじわりとさせ、シャツに染み、空気にふれ冷え、身体を震わせる汗。それに反して身体の底で熱く血のように沸騰していく熱。  辛い、苦しい、の先に、喜びがあり、その先に、もっと大きな痛みがあり、だけどその先にまた。感覚と思考がスパイラルのように輪転し、徐々にそれぞれが強くなっていく。  その感覚を、暗闇から逃げているという表現にしたくない。タイムを争っているわけではない。競い合う相手もいない。それでもこの歩み自体に何か、何か、僕を動かすものが。  強くなっていく光に温度を感じ始めたのは何時からだろう。最初は暖かく、優しく、勇気づけるように、しかし徐々に熱く、激しく、まるで僕を攻め立てるように。鼓舞していく。  足裏の痛みは足首全体にまで広がり、猫背はきしむように鳴き、喉元はからからだ。かろうじて出ていた唾を、口中で遊びながら舌先に染みさせていたが。それすらも絶えて、随分と経った。  光はどんどんと熱く、輝き、ガラスのように透明に、だけどルビーのように強く。  やがて、やがて、光の道の終わりが見えたころ。その正体もまた見えてきた。肉体。死体。人の形をした、もう人ではない、肉体の残骸を糧にして、光は燃え、輝いていた。明るいわけではない。ただ暗闇を頼りなく照らすように。  徐々に光に侵食されきれていない死体を見かけるようになった。その顔の名残には、様々な表情が浮かんでいる。悔しくて溜まらない表情。まるで何か救世主を見たかのような安らぎの表情。どこかに帰ろうとする赤子の表情。だけど、一番多かったのがそのどれでもない、一日を終えて台所でビールとハンバーグをつついているような、そんな表情。それらを見るたびに、僕を焦がすちりちりとした熱は、少しずつ色を帯びるように強く、強く。  光の道の果て。  ようやく着いた。ああ、着いてしまった。  先には暗闇が広がっていた。  そこには老人というには若く、中年というには皴の深い男が、一人、眠るように横になっていた。  僕に気づくと、彼はなんとか身体を傾けるように、両手をついて、顔を上げ、僕を見た。  そして何かを言った。  枯れ切った声、息では、何の音にもならない。それが僕には聞こえた気がした。  僕もまた何かを返事し。それもまた音にはならなかったが。それからまた歩み始める。光の無い真っ暗な道を。  背後でぼうっという音がした。彼の死にたての身体は、熱く、熱く、赤い光を発した。少しずつ彼の身体全体に燃え広がっていく。笑ったのかな。泣いたのかな。僕は歩き続けていく。やがて終わりが来るまで、真っ暗闇を。
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