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今のところ、皇太后のところでこうしてちくちくと針を動かすしかしていない。
皇帝が祖母に会いに来た時、茶を出したり酒肴を運んだりするのは皇太后の身近に仕える侍女達だ。
彼女達も当然、皇帝の妃候補として皇太后の側にいるわけで、好みの美女がいれば、指名すればすむ話だ。
けれど、翠珠の身分では皇帝と顔を合わせる機会なんてあるはずもない。
ゲームの中で、亡国の妃として名前だけは出ていたけれど、針子からどうやって妃になるのかははなはだ疑問だ。
(いや、別に妃になりたいわけでもないんだけど! そんなことになったら逃げだせないし!)
今はとにかく、後宮を出ることを考えなければ。
実家に帰ることさえできたら、もっと自由に動くことができる。
まずは自分と家族が生き残ることを考える。国が滅びるのが気にならないと言えば嘘になるが、そもそも国全体のことを考えるのは翠珠の役目じゃない。
「皇太后様にお願いしても、無理よねぇ……」
「何か言った?」
「ううん、なんでもないの」
心の中の声が思わず漏れていた。不思議そうに問いかけてきた春永に慌てて首を横に振る。
国が滅亡するまでは、たぶんまだ少し時間がある。
休憩時間になったら、覚えている限りのことを書き出しておこう。翠珠はそう決めた。
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