それはまるで恋のようで

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 立ち止まった文浩が、正面から翠珠の目を覗き込んでくる。彼の瞳に自分の顔が映っているのを見て、翠珠は動揺した。  ――これでは、まるで。  恋に落ちているみたいだ。  相手は志縁ではないのに。いや、志縁と文浩は同一人物なのだから、翠珠が細かいことを考えてもしかたないのかもしれない。 「……今、ですか? 今は、楽しいってことしか考えていませんよ」  先に目をそらしたのは翠珠だった。正面から向き合うのはまだ怖い。  それなのに、唇は勝手にそんな言葉を吐き出してしまう。  自分でも、どうしてそう思うのか説明はつかない。 (……私は、妃に選ばれたけれど……永遠に続くわけじゃないから)  翠珠とて、自分の立場くらいよく心得ている。  薔薇宮にいる妃は今一人。けれど、いずれすべての宮に妃が入ることになる。その妃の中で、庶民育ちなのはきっと翠珠だけだ。  そして、さほど遠くない未来。翠珠は後宮を去ることになる。どんな形で去るのかはわからないけれど、ゲームが始まった時には、重要なシーンに翠珠の出番はなかった。  今、こうして二人でいる時間が愛おしければ愛おしいほど、その先のことが気になる。 (あー、もう! 前世の感覚持ち込んだってしかたないのもわかってるのに!)  前世なら。一夫一妻。付き合うのも一人だけ。
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