孤独な背中

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 一歩後退すれば、背中が石壁に当たる。これ以上、下がることはできない。 「目を閉じてろ。お前には耐えがたい光景になるぞ」 「は、はい……!」  彼に返す声が、震えていなかったことに安堵した。 (大丈夫、私は、大丈夫……)  目の前にいるのは五人ほどか。彼らの動きは、統制がとれていた。  一人が打ち込んできたかと思うと、次にもう一人が打ち込んでくる。一斉に囲まれ、あちこちから攻撃をくらっている文浩の方が不利なように見えていた。  ――最初のうちは。  だが、文浩は落ち着き払っていた。  最初の敵は、一度腹を蹴り飛ばしておいて、次にかかってきた男を肩から腰にかけて斬り下げる。次の男の剣は、剣の鞘で受け止めておき、返す刀で三人目。  一度飛びのいた二人目の方を牽制しておきながら、四人目を斬ったかと思えば、今度は彼の方から打って出る。  最初に蹴り飛ばした一人目は、体制を整えたところを切り倒された。  これで、残りは二人。  目を閉じていろ――彼にはそう命じられたけれど、目を閉じることなんてできなかった。  目の前で血が飛び散る光景を見るのは初めてだった。でも、目をそむけてはいけないと思ったのだ。  これは、この世界の掟。隙を見たら、襲われる。  翠珠の歩く道に、これから先何度も同じような光景が訪れるだろう。
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