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その足を払った文浩は、よろめいた男に勢いよく剣を突き立てた。そして残る一人。身をひるがえして逃げ出そうとしたところを、背後から腿を横に切り払う。
足を傷つけられ、男はその場に倒れこんだ。身体を丸め、痛む足をかばおうとしているようだ。
「――誰に頼まれた?」
その男の方に上半身をかがめ、文浩は問う。
(……ただの強盗じゃないってこと?)
それでようやく気がついた。
そう、これだけの動きができるのならば、背後に誰もいないはずはないのだ。文浩を排除しようとする勢力が――どこかにあるに違いない。
けれど、相手は文浩の問いに答えることは拒否した。
「……お許しください」
翠珠のいるところに聞こえてきたのは、その一言だけ。
その言葉が何を示すのか把握できないうちに、地面に倒れていた男の身体が激しく痙攣する。
「なっ……何? 何があったの?」
「自害だ。口内に毒を仕込んでいたんだな」
「……そんな」
文浩が傷一つ負っていないというのを確認する間もなく、翠珠はその場にぺたりと座り込んだ。足から完全に力が抜けてしまっている。
「……今のは、志縁様を狙ってのものですよね?」
こんな時でも、頭のどこかは冷静らしい。
本名でもなく、陛下でもなく、偽りの名で彼のことを呼んでいる。
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