心を込めて、一言

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 今夜は冷えるとは聞いてはいたけれど、これはあまりにも寒すぎる。  橋の上を吹き荒ぶ横風に告ぐ。どうせ吹くなら後ろからお願いしたい。そしたら、わたしは楽になれるから。  黄色の光を暖かそうなふりして照らす街灯に告ぐ。十二本もあるんなら、どれか一つくらいハロゲンヒーターに代えてくれ。全部なんて贅沢は言わない。たまに暖かけりゃあ、帰って飲むストゼロも美味しくなるから。  わたしの小さな願いなんて、ぼんやりと在る三日月には届かないだろう。だって、雪が降ってきたし。男じゃないけど、今から綺麗だなんて褒めてもダメですか?   無駄な考え事で、無駄な足取りで、もう五つ目の街灯を数えてしまった。まだ七本もあるのかあ。  そのとき、足取りも重く進むわたしは、ふとした気づきに立ち止まってしまった。  あれ? なんか風がやんだみたいだ。  あれ? 六本目の街灯がいつもと違う。  突然一瞬のポケットに落ちたみたいだ。  六本目の街灯の黄色に照らされて、色づいた雪。まるで、ホタルの群れが舞っているように見える。そこだけなんか、やわらかく包み込んでくれそうな心持ちで待ってくれているような。  だからわたしはホップ、ステップ、ジャンプで飛び込んでみた。  そしたら、やっぱり暖かかった。冷たいはずなのに、やわらかくまとわりつく雪が心のコートになってくれたようだ。  言葉が自然と漏れる。正直、その響きに驚いた。いつも事務的に口にしていた五文字。それを久しぶりに素直に言えたような気がした。いつ以来だろうか? わたしはいつから素直に言えなくなっていたんだろうか? 本当は言いたかったはずなのに。  だから、わたしはもう一度口にした。 「ありがとう」  心を込めて。  だって、わたしを待つ猫の柊弥に、無条件でチャオちゅ~るをあげたくなるくらいには暖かくしてくれたのだから。
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