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団欒
目が覚めるといつもと変わらぬ日曜の朝だった。
母の作る料理の良い香りが鼻をつく。
遊び着のまま眠ってしまった舞は、申し訳けなさそうにリビングに出てきた。
昨日自分のした行為について、いくら気持ちがいっぱいいっぱいになったとはいえ、折角の来客に失礼な事をしてしまったと反省した。そのことについて母から当然叱られると思っていた。
しかし。
「舞、起きた?ご飯食べられる?」
母の口調はいつもと変わらなかった。
「うん、あのね、昨日は――――」
と舞がいいかけたとき
「舞、昨日はごめんね。自分の都合で舞の気持ち考えてあげられなくて」
母がテーブルの向かいに座って言った。
「え?」
思いがけなく優しい言葉に舞はとまどった。
「あのね、私、昨日来た小原さんに交際を申し込まれたの」
「そ、そうなんだ」
(やっぱり、そうだよね。それしかないよね)
「でね、小原さんいい人だけど、お母さんどうしようか迷ったの」
貴子は娘の舞から言うのもなんだが、なかなかの美人である。しかも気立てが優しく仕事も出来ると以前の母の職場の同僚たちから何度も聞かされていた。言い寄る男は何人もいたが、一も二もなく断っていたそうだ。その貴子が迷っていると言う。
「お母さんも小原さんのこと好きなの?」
「ううーん、好きかと言われると困るわね。だけど、お父さんが天国に行ってから十年、ここまで一人で舞を育てて来て、お付き合いしてもいいなって思えた男のひとは初めてね」
「優しそうなひとだよね」
「うん、とてもいいひとよ。ちょっと真面目過ぎるけど。それでさ、正式にお付き合いする前に、舞に挨拶に来たいっていうのよ」
「ごめんね。せっかく来てくださったのに、あんな態度とっちゃって。でも、でもね、私の中にはまだお父さんがいるの――」
「わかってるわ。小原さんには私から言っておくから。さあ、ご飯食べましょう」
「あ!」
舞は大きな声を上げた。
「どうしたの」
「すっかり忘れてた。昨日ね、ここに引っ越して来た時に首飾り拾ってくれた男の子に会ったの。名前は佐飛丸っていうんだって。西郷神社のそばに住んでるって言ってたわ」
「サビマル?変わった名前ね。苗字はなんていうのかしら」
「―――あ!聞くの忘れた」
「もー。」
母と娘は笑った。いつもと変わらぬ団欒となった。
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