西郷神社にて

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西郷神社にて

年が明け、厳しい冬が過ぎ、春がやってきた。那須野が原に引っ越してきて半年ほど経ち、学年が変わっても、舞は新しい中学校になかなか馴染めなかった。 友達たちに仲間外れにされたり虐められるわけでもなかったのだが、言葉や興味の対象が微妙に違う。 その違いを皆に合わせて話もできるのだが、一日が終わると少し疲れてしまうのだ。 そんな舞のほっと出来るお気に入りの場所は西郷神社だった。 自宅の近くでもあり、石造りの社殿がエキゾチックでもある。 道路沿いにDIYショップや大型書店があったりするが、周囲には田畑が散見され、木々がお社を囲んでいて小さな林のようだった。何より舞の父方の祖父は鹿児島出身であり、明治維新の英雄西郷隆盛の弟、西郷従道を奉る西郷神社に心の拠り所というか、懐かしさを感じたのだ。 ある土曜日の午後。 舞は西郷神社にいた。 まばらに立つ木々の間を、早春の柔らかな風がゆっくりと吹き抜けていた。 風は若草と木の香りを孕み、舞の切り揃えられた前髪を揺らす。 中学3年の4月、高校受験を控えている学年になり、心の端に薄いベールの様にかかる焦燥感を、神社の佇まいが癒してくれた。 大きな杉の木によりかかり、読みかけているSFショートショートの本を開くと、舞の意識はすっと本の世界へと入り込んでいった。 「おい」 聞き覚えのある声に、舞は本の中の世界から引き戻され我に返った。 すぐ前に、ぼさぼさの長い髪に汚れたシャツ。半ズボンにサンダル履きの少年が立っている。 「あなたは―――」 「ひさしぶりだな」 ぶっきらぼうな物言いだが、少しはにかんだ顔が少年の性格を物語っている。 首飾りを持ってきてくれた時は逆光でよくわからなかったが、伸び放題の髪の下の顔は薄く汚れてはいても、ぶっきらぼうな言葉に反して思いがけず整っていた。 「ずっと探していたのよ。ちゃんとお礼しようと思って、お菓子も準備していたのに、渡すことも出来なかったんだもん」 「お菓子、あるのか?」 「だから、あなたが見つからなかったから食べちゃった。もう半年も前の話よ」 「おれの分のお菓子、おまえが食べちゃったのか?」 「うん」 悪びれず頷く舞の顔を見て少年は笑った。 「こんなところで何してるんだ?」 「本を読んでたの。ここ、好きなんだよね。なんとなく落ち着くの」 「おれもここは好きだ」 少年はふうと息を吐くと境内に伸びる木々の葉を見上げた。 彼の雰囲気は西郷神社の境内にきれいに溶け込んでいる。 「友達と一緒にいるより、ひとりでここにいるほうが落ち着くの」 「友達って、仲間の事か?」 「そうよ」 「お前、その友達ってやつと遊ばないのか?」 「私、転校生なのよ。あなたに首飾り拾ってもらったときに、那須野が原に引っ越して来たの。友達といるとなんだか疲れるのよね」 「テンコウセーって、余所者ってことか?」 「そう、余所者。だから友達といるより、ここで本を読んでいるほうが落ち着くの」 「友達って疲れるものなのか?仲間の事だろう?」 「こっちの友達とお話しするとき、合いそうな話を考えて、言葉を選んでお話しするからなんだか疲れるの。うまくいかないっていうか、うまくいっているのかもしれないけど、ギクシャクしちゃうっていうか」 「へえ、やっぱりお前、変わった人間だな」 「やっぱりってどういうこと?あなたこそここで何してるの?」 「今夜、ここで寄り合いがあるんだ」 「寄り合い?」 「年に何度かあるんだ。季節の変わり目にあるから一年に四回か」 指を折りながら少年はぼりぼりと頭を掻いた。小さな粉が辺りに散ったように見えた。 「あのな。ちょっとお前の顔見てたら気になって―――ひとつ忠告しといてやる。川に手長蝦(てながえび)がいたとする。その手長蝦(てながえび)を取って食おうと思うと、手長蝦は逃げるんだ。でも何も考えないで、ぼーっとしてると手長蝦(てながえび)は寄ってくる」 舞は話の意味が分からず、ポカンと口を開けた。 「何それ、意味わかんない」 少年は舞の反応に構わず、身振り手振りで泳ぐ蝦を表現しながら、少し口を尖らせて言葉を続けた。 「その友達ってやつ、つかまえようとするから逃げるような気がする。お前が捕まえようとする気配が相手に伝わってしまう。だったらじっとしていて、近寄ってきたやつをつかまえて食えばいい」 少年は、パクっと、大きな魚が寄ってきた手長蝦を食べるように、大きな口で食べるそぶりを見せた。 「あはは。友達を食べたりしないわよ。でもありがとう。なんだか気が楽になった。そうよね、無理して相手に合わせるよりも、私は私でいればいいのかも」 「友達、うまく捕まえられたらいいな」 「うん。そうだね」 舞がお礼を言うと少年はニッと笑った。半年前に首飾りを持って来た時と同じ笑顔だった。 「ねえ、ところであなたの名前はなんていうの」 「おれの名前はサビマル」 「サビマル?変わった名前ね。そう、昔の人みたい――。侍か忍者みたいな。どんな字を書くの?」 「それはお前、サビっていえば」 「わかった!忍者みたいな名前だと思ったんだよね。猿飛佐助の佐と飛で左飛丸なのね」 「あ、いや、ええっと、うー、そうだ。お前のいう通りだ」 「佐飛丸ね。このあたりに住んでるの?」 「お、おお。ずっと昔からな」 舞は少し勇気を出して、 「じゃあ、あなたが―――」 友達になって、と言い出そうとした刹那、びゅうと強い風が吹き、立ち並ぶ木々の枝が泳いだ。 「ちっ。もう寄り合いが始まっちまった。じゃあな」 という声が聞こえ、舞が風の強さに瞑った目を開けたとき、佐飛丸という少年の姿は消えていた。
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