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194.受け入れぬといえば、どうする?
リリアーナより一回り以上大きな身体を見せつけるように旋回し、ゆっくり降りてくる。足元の蟻を容赦なく踏み潰したドラゴンは、黒竜王だった。やはりリリアーナの父親だ。鱗の色も姿もよく似ていた。
ぐるると喉を鳴らした黒竜王は、大きく逸らした喉を晒して無防備に声をあげる。黒く輝く鱗がぶわりと逆立ち、直後に人の形を取った。
「お久しぶりですな」
軍服のような衣装を纏う黒竜王は、挨拶を兼ねて一礼する。胸に手を当てた所作は洗練されており、魔王の側近として遜色ない。
「ご苦労」
丁寧な挨拶に応え、彼が口を開くのを待つ。後ろで唸るリリアーナを見上げ、黒竜王はわずかに目を細めた。彼女に用があったのか? そう思ったが、黒竜王は埃が舞う場に膝をついた。
「遅れましたが、我を配下に入れていただきたくお願いに参りました」
「この世界の魔王とやらは、よいのか?」
先代魔王の遺児だという夢魔を魔王として奉っていたはずだ。一度はその魔王を守るため敵対した男の発言に、オレは疑問をそのままぶつけた。
リリアーナが尻尾を地面に叩きつける。父だと認識しているが、育てられた覚えがない。それゆえに敵だと判断しているのだろう。自分より強い雄のドラゴンが主人の前にいるのだ。リリアーナは気が気ではない様子だった。
竜から人へ戻らない理由もその辺にあるらしい。クリスティーヌは逆に脅威である男とオレの間に立つが、牙を剥くことはなかった。力量差を考えて、盾になる覚悟のようだ。
正反対の彼女らの反応に、くつりと喉を鳴らして笑い、クリスティーヌの黒髪を撫でた。それから後ろのリリアーナの鱗を叩いて、戻るように指示する。するすると人化したリリアーナが前に飛び出そうとするのを押さえた。
「よい。オレの前に立つのはまだ早い」
彼女がどれだけ強くなろうと、オレの前に立たせることはないだろう。強者だから頂点に立ち、それ故に弱者を盾にする習性はない。アースティルティトも前に出たがった。それを押し除けて最前線に立った過去が懐かしい。
「でも危ない」
「危ないなら尚更、最前線に立つのはオレの役目だ」
下がれと命じる必要はない。今のリリアーナなら、言葉の端に含まれた意図を察して下がるはずだ。悔しそうな顔をしたものの、リリアーナはオレの斜め後ろへ下がった。
「あの方自身が命じられたのです。魔王に相応しい方がいるのなら、そちらを盛り立てよ――と」
「なるほど。乗り換えか」
魔族が嫌う言い回しを使って、黒竜王の本意を探る。しかし彼も魔王2代に仕える側近だ。そう簡単に挑発に乗る愚かさはなかった。
「何とでも。我が身の醜さは誰より私が知っております」
頭を垂れて判断を待つ黒竜王を見つめ、右手に愛用の剣を握った。鋭い半透明の刃を黒竜王の首に突きつけ、口元を歪めて笑みを作った。
「受け入れぬといえば、どうする?」
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