197.警戒すべきは敵か味方か

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197.警戒すべきは敵か味方か

「おかえりなさいませ」  丁重に頭を下げて出迎えたロゼマリアに頷き、するりとリリアーナの背から下りた。しがみ付いていた巨大蝙蝠が、慌てて黒髪の少女に戻る。僅か数か月で己の城となったバシレイアの王城は、グリフォンが唸りながら警戒する最前線だった。  大きな鷲の翼を広げ、鋭い爪と嘴を使って攻撃の前動作に入る。黒竜王にかつてサタンを殺すよう命じられて寝返ったオリヴィエラにとって、絶対に会いたくない元上司だった。敵を懐に招くサタンの器の大きさに感心するより、己や親友の身を案じて胃が痛む。 「サタン様、それは黒竜王でしょう。なぜここにっ!」  低く身を伏せて襲い掛かる素振りを見せるオリヴィエラは、毛を逆立てて威嚇する。対する黒竜王は気負いなく人化し、軍服めいた衣装で膝をついて控えた。その姿にオリヴィエラは用心しながらも人化するものの、距離を取って警戒を解かない。 「オリヴィエラ。リリアーナ預かりの配下候補だ」  短く、最低限の言葉を投げかける。オリヴィエラは青い目を瞠り、様子を窺うように黒竜王を上から下まで眺めたあとで肩を落とした。脱力して呟く。 「本当に規格外な方ですわね。この世界の魔王の最側近ですのよ?」 「そうなの?」  魔族の常識は、人間に通用しない。ロゼマリアが素直に尋ねるのも無理はなかった。未知の領域の知識なのだから。魔王の下に部下がいて、さらに末端の魔物がいる。その程度のピラミッド型の図は理解していても、人間にとって魔族の階級は不要な知識だ。逆に魔族から見た人間の爵位もまったく無意味だった。  戦う際に強さだけ判断できれば用は足りる。どれほど血筋の尊さを語ろうが、魔族が重要視するのは強さだった。尊い血筋や強者の子孫でも、弱ければ淘汰されるのが魔族の理だ。その理屈でいえば、夢魔が先代魔王の子として君臨したことが異常だった。  それらもすべて、主君の命を忠実に守る黒竜王という強者の存在故。非常識すら押し通すのが、強者の傲慢さであり実力の証でもある。 「ヴィラ、ローザ、会議する。リスティはウラノス呼んできて」  珍しく積極的に話を進めるリリアーナに、ロゼマリアが頷いて提案した。 「使っていない客間があるから、そこでどうかしら」  強烈な個性を放ち、それぞれが歪な形で他者を拒む3人の魔族の緩衝材として、ロゼマリアは自分の存在意義と居場所を勝ち取った。ある意味、絶対に必要とされる立場だ。彼女の価値は上がることがあっても、下がることはなかった。  強烈な個性を持つリリアーナについて、ロゼマリアがゆったり歩き出す。黒竜王を警戒するオリヴィエラも、後を追った。今後の対策を話し合うとなれば、オリヴィエラは厳しい意見を出す。その意見に流されるか、お手並み拝見といった場面だろう。 「お帰りなさいませ、魔王陛下。ビフレストはいかがでした?」 「王都ごと壊滅させた。それと、大きな土産を手に入れたぞ」  にやりと笑って膝をついて控える黒竜王を示すと、アガレスは目を見開いてから言葉を探す。その際にモノクルの縁や顳付近に触れるのは癖だった。 「土産、ですか」  判断がつかず曖昧に返したアガレスの狡猾さは、好ましい反応だ。目の前で大人しくする黒竜王が、魔族だと気づいている。しかしどの程度の存在か、彼は知らなかった。怒らせる迂闊な対応をしないあたりが、外交官を自負する宰相らしい。 「将軍職が空いていただろう。これにくれてやる気だ」 「かしこまりました。そのように手配いたします」  逆らわず受け入れるアガレスが穏やかに承諾を口にし、処理の必要な書類の存在を伝える。執務室へ歩きながら、城内の様々な案件の報告を受けた。
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