1.別世界の魔王、強制召喚される

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1.別世界の魔王、強制召喚される

 足元が崩れる不安定な感覚、続いた浮遊感――眩しさに閉じた目を開けば、そこは知らない人間が溢れる石造りの建物だった。部屋が円形なのは、塔かも知れない。  立ちくらみを耐えて、ひとつ息を吐き出す。薄暗い部屋はすこしカビ臭かった。 「召喚成功だ!!」 「やったぞ」  大喜びするローブ姿の魔術師達、足元にはさきほど見たばかりの魔法陣。そして人の波が割れた先から、美しい少女が歩み寄った。  金髪は緩やかにウェーブを描き、腰まで届く長さがある。手入れの行き届いた肌は白く、柔らかそうだった。整った顔立ちに、埋め込んだエメラルドの瞳が似合う。鮮やかな青いドレスは、腰を絞ってスカートを膨らますスタイルだった。  ロココ風だったか? 女性のドレスは詳しくないが、フリルが大量に使われた濃淡のドレスは、絞って緩めての繰り返しが特徴だ。秘書役を務めた部下が好むデザインなので覚えている。  優雅に跪礼(カーテシー)を行った少女は鈴がなるような声で、こう言い放った。 「聖国バシレイアへようこそ、異世界からの救世主様。迫りくる闇の脅威から、どうか私達をお救いください」  呆然と立ち尽くすオレは何も言えなかった。説明じみた美少女の言葉で、ここが自分の世界でないことは理解できる。  とりあえず手のひらを見るが、手入れのされた長い爪も指も見慣れた物だ。視界の高さも違和感がないので、外見はそのままだろう。強制的に異世界へ呼び出されたのは間違いなかった。  さらりと長い黒髪が背から流れる。これも普段と同じだった。おかしいのは自分が置かれた状況だけ。  黙ったまま状況を整理している間に少女は近づいてくる。手のひらを見るオレの手に、自分の手を重ねた。遠慮のない仕草に、彼女は拒まれることがない立場だと知る。手を払われた経験などないのだろう。 「まずはこちらへどうぞ。国王陛下から詳しくご説明申し上げますわ」 「……わかった」  ここでようやく口を開いた。聞こえた声も自分のものだ。手を引かれるまま歩き、塔の階段を下りる。歩幅と階段の高さが合わず歩きづらい。しかも先を歩く少女のドレスが階段を擦っているので、踏みそうだった。 「手を離せ」 「申し訳ございません。お邪魔でしたか」  ふわりと微笑んで手を引いた彼女から数歩遅れて、後ろをついていく。  彼女は王女か、王族に連なる女性らしい。先頭を歩く騎士が気遣うような態度を見せていた。余計な観察を続けながら、いつ彼女に告げようか迷う。  人違いだと――元の世界に戻して欲しいと、本当のことを言ったら失望させるだろう。  しかし飛ばされる前の状況を考えると、可能な限り早く戻らねばならない。国王とやらが帰還方法を知っていると助かるのだが。 「……実は」 「お話は陛下が伺いますわ。希望があれば、交渉なさってください。私には叶えるほどの権限がございませんの」  にっこり笑う。それから思い出したように付け加えた。 「ご挨拶が遅れました。私はロゼマリアと申します」  会釈した彼女は一足早く地上についた。小首を傾げて待つ少女ロゼマリアに、こちらの名を求められていると気づく。国王に報告するために必要なのか。  階段の途中で見下ろす形だが、オレは気にせず名を口にした。 「――サタンだ」  向こうが家名を名乗らぬのだ。こちらがフルネームを名乗る義理はないだろう。だから誰も呼ばなかった称号を読み替えた名をひとつだけ答えた。 「サタン様ですね。足元にお気をつけくださいませ」  塔から出る扉の足元に敷居がある。それを跨いだ先は、光が満ちていた。ほぼ真上にある太陽は2つ、左右から影ができないよう地上を照らす。  眩しいが暑くはなかった。明暗反応がついていかず、僅かに目を伏せる。光が沁みて痛い。  すこし歩いて立ち止まるロゼマリアに促される形で、仕方なく足を踏み出した。面倒だが、さっさとこの世界の王とやらの面談を済ませよう。  問題はいつ説明するか、だ。  ――オレは勇者や救世主ではなく、別世界の魔王だと。
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