【8】

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[三神三歳の日記]    某月某日、雨。  昨晩は一睡もできず、昔のよしみを頼んで本部から人を派遣してもらった。もちろん、私にではなくUの家にである。ひとまずUにも断りを入れて監視を付け、こちらの体調を整え次第、事にあたりたいと思う。  実を言えば「振動する家」には以前にも遭遇した事がある。二十年近く前の事だと記憶しているが、その時は、信州信濃の山奥にある古式ゆかしい地元の大地主が住まうお屋敷だった。結論から言えば、その家に生まれ、当時十一歳となったばかりの当主の孫が原因だった。  今風に言えば共感覚とでも呼ぶのか、その子は周囲から自閉症と見なされほとんど感情を表現することが出来ないとされていた。が、実際には外部からの刺激を受けて的確な感情表現が行えたばかりか、周囲からもたらされるストレスに対する適応処理の段階で、家全体が軋み鳴く程激しく家屋を振動させていたのである。つまり言葉を受けて言葉で返すのではなく、感情の揺らぎをそのまま霊能力として発動させて返していたのだ。その子にとってはそれが普通のことであり、決して喋れないわけでも感情がないわけでもなかった。霊感を持たない人間にはおよそ理解出来ない事態ではあったが、その家に問題があったわけでも、その孫に問題があったわけでもなかったのだ。  だが、おそらくUの家で起きている今回の事象は、それとは根本的に違う。私が見た限りでは、Uには霊感も霊能力も備わっていないからだ。何かを見落としている、としか思えない。初めてこの家を訪ね「祓い」を行った時も、それらしい反応はなにも返ってこなかったはずだ。しかし現状Uの身体に発現している頭痛などの症状も含めて、赤い痣、振動する家、それら一切に「霊障」以外の原因は考え難い。  こういう時。現世か、幽世か、その狭間を行ったり来たりするような事象を前にした時、私はいつもを頼って来た。知識量や経験を当てにしてではない。と話をすることで、自分の内にある答えを指し示してもらっていたように思うのだ。全てを見通し、全てを包み込む、よき相談相手であった。あれから十年が過ぎ去った今も、その思いはなにひとつ変わっていない。
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