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口に含んだ紅茶を思わず吹き出した。
器官にはいって咳込むのを見て、和真がケラケラと笑い出す。
「あははっ! 今のすげぇ漫画みてー!」
「待っ……、な、なに、言っ……!?」
「大丈夫?」
差し出されたおしぼりを受け取り、口を拭いた。が、それがカズの手を拭いたものだと気付く。
「って、これあんたのじゃん!!」
怒り任せに投げ返すと、「そうだっけ?」と、とぼけたように笑うだけで、反省の色が微塵もない。
(──こいつ……!)
カズはしばらく笑っていたが、やがて真面目な表情をすると、深刻そうに声を抑えた。
「オッサン、うちのババアと一緒になるって」
「……うん、知ってる」
「だからさ、オレ高校行かないことにした」
「だからって……、それとこれ、関係ある?」
「あるある! 大アリっしょ!!」
和真の大声に、客の何組かがこちらをチラチラ見やった。
「だってあいつら頭おかしいよ! 愛人どころかガキまで作ってよ、テメェの面ばっか気にして十何年も……。普通じゃないだろ! なんだっけこれ、一夫多妻?……とか、マジ何時代だよ!?」
葵は顔を伏せた。和真が言う事は、自分もずっと思っていたことだ。
「だけど、まだ中学生だよね? どうする気?」
「卒業したら働く。あの家も出て行く。先輩だってみんなそうしてる」
「中卒でまともな職につけると思う?」
「まともな職って、たとえば?」
改めて聞かれると、どう説明していいものか言葉が出てこない。どんな会社がいいかは、葵もこれから考えるところだった。
「いや、正社員で、安定してて……」
「普通に食っていければいいよ。家の事言ったら仕事も紹介してくれるって」
「……いや、無理でしょう」
「無理じゃねぇし」
自信満々に言いきれるのは、あまり深く考えていないのだろう。若さゆえか、ただ単純な性格なのか……。
和真は、まるで交渉でもするかのように、前のめりに詰め寄る。
「二人で住めば、家賃だって半分こじゃん?」
「そうかもしれないけど、急に言われても……。今日会ったばっかだし……それに──」
「──なに?」
「なんでもない」
チャラいし、と言いかけて口を噤んだ。
そんな葵を、和真は「ハッキリしない奴」と、不満気に眉を寄せた。そしてまたすぐに、人懐っこい笑顔に戻った。
コロコロとよく表情が変わる様は、まるで仔犬を見ているようだ。それだけ愛嬌があれば、先輩たちに可愛がられているのも納得できる。
(歳は下でも、私よりは世渡り上手なんだろうな)
たとえ不良仲間だとしても、和真には居場所があるということだ。
葵はなぜか負けたような、悔しい気持ちになった。
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