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行き場
帰宅すると、玄関には鬼の形相をした養母が仁王立ちしていた。
「ただいま……ど、どうしたの?」
ただらならぬ空気に、葵は動揺する。
また、義父との事で何かあったのだろうか。
「誰と一緒にいたの?」
「……と、友達」
咄嗟に嘘をついた。
義父の愛人の息子、だなんて正直に言ったら、火に油を注ぐどころではない。
「金髪のチャラチャラしたのが? いつから不良と付き合いがあるの?」
(見られていた? でも……)
あの時、家に義母は居なかったはずだ。
ならば一体どこで……。
とにかく今は誤魔化さなければならない。葵は誤解を解こうと、和真を擁護した。
「ふ、不良なんかじゃ……」
「しかも男だって言うじゃない! お向かいさんが見たって! 変な噂がたったらどうすんのよ!? そんなのとは今すぐ縁を切りなさい!!」
頷いたら、この話は終わると思っていた。
しかし、義母は立ち去るどころか、葵を睨みながら何かを待っている。
その意味を察するなり、葵は愕然とした。
「い、いま!?」
「今電話しなさい! もうお付き合いは出来ませんって!」
「と、友達だよ!」
「貸しなさい!」
義母ほ葵の鞄を奪い取ると、スマホを取り出した。床に落ちた鞄から中身が飛び出して、玄関に散らばった。
義母は血眼になって、電話帳から男の名前を探している。ロックはしていない。以前は設定をしていたのだが、義母に、何かやましい事があるのか、と疑われてからは解除していた。
義母は常に、葵と義父のやりとりを気にしているのだ。義父が葵に連絡をよこすなんて、もう何年もないのに。
唯一の救いは、和真の連絡先は電話帳には登録していない。お互いの連絡先は、メッセージアプリの方で交換したのだ。それでも見つからないという保証はない。早くスマホを取り返そうと、手を伸ばした。
そのままスマホの奪い合いに発展する。
「お願い、返してよ!」
「やっぱり! やっぱり何かあるのね!?」
止めようとすればする程、義母はヒートアップしていく。
(ダメだ、止められない)
そう思った時、スマホがメッセージを受信した。
その音に敏感に反応した義母が、画面を凝視する。
「か、返して!」
「見せなさい!! どうせろくでもない男──!?」
画面に表示された名前を見た途端、義母は絶句した。
無理もない。送り主は義母も知っている名前、それも夫の愛人の息子なのだから。
(最悪だ……)
葵は絶望の淵に立たされた気分だった。
義母の顔は真っ赤に染まり、わなわなと震えている。
「……によ……これ……」
葵は恐ろしくなって、思わず後ずさった。
「なんなのよこれ!? あんたも──! 私をバカにして!!!!」
頬に裂くような痛みが走り、葵は横によろけた。
「ちがっ──! 違う!! 今日、さっき初めて会ったの!!」
「ご機嫌取りするふりして、ずっと陰で笑ってたんでしょう!? この裏切り者!!!! あんたなんか!! あんたなんか!!!!!!」
髪の毛を鷲掴みにされ、乱暴に振り回されながら必死に弁解するが、全く聞き入れてはもらえない。
揺れる視界と痛みに耐えながら、いつものように嵐が去るのを待つ。ひとしきり、義母が怒りをぶちまけさせて、疲れて泣き崩れたら、静かに部屋へ篭ればいい。
そうやって、いつものパターンを考えていると、なぜか苦痛が軽減し、我慢できた。
しかし、今回ばかりはその流れにはならなかった。
「──もう無理!! もう耐えられない!!」
投げつけられたスマホが顔に当たりそうになり、咄嗟に両手で遮る。腕に当たったスマホは、床に落ちた衝撃で画面にヒビが入った。
「出てって!! あの女のとこで養子にでもなれば!?」
「……お母さん……」
泣き崩れる義母に触れようと手を伸ばすが、強く弾かれ拒絶された。
「さっさと消えなさいよ!!」
敵意を剥き出しに向けられた眼、そこに込められた憎悪が、葵の胸に大きな穴を空ける。その穴から、今まで溜め込んだものがぼろぼろとこぼれ落ちていく気がした。
葵は床に転がっているスマホを手にとると、外へ駆け出した。
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