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大きく痙攣して飛び起きた。
鮮やかな緑で覆われた木々の隙間から見える、澄んだ色の青空を、数匹程度の小鳥の群れが悠々と横切り、葵はようやく安堵した。
暖かな小春日和と穏やかな潮騒が心地よくて、いつの間にか居眠りしてしまったらしい。
「──夢じゃん、バカみたい」
じんわり汗までかいている。
本気で死ぬなんて思い込んで、今のを誰かに見られていたら、さぞ恥ずかしい思いをしたことだろう。
幸い、こんな場所に人が来ることなどまず無いが、それにしても、ただの夢であったことに脱力した。
海岸から鳥居をくぐり、手漕ぎボートでほんの五十メートル程進んだ先、離島とまではいかない規模だが、草木が青々と茂る芝生の上にぺたりと座ったまま、ぼんやり地平線を眺めた。
葵の背後、島の中央にはポツンと小さな祠があり、その前には直径一メートル程の古い井戸が祀られていて、安全を考慮してか、木製の蓋が被されている。さらに側面にしめ縄がぐるりと一周巻かれているせいもあり、一見、神聖なもののように見えるが、葵は何となく、それが良い物に感じたことがない。といっても、蓋やしめ縄で封印されているし、怖がる程でもない。
その脇に添えられた石碑には達筆な字で、井戸にまつわる言い伝えが長々と綴られているが、年季が入っている為、所々が消えかかっており、肝心な神様の名前すらも解読が出来ない有様だ。
(井戸だから水にまつわる神様かな?)
いずれにせよ、葵にとってはあまり興味のないことだった。
ただ、来客が滅多にないという地元の穴場スポットなだけに、考え事をするのにこれ以上の好条件が揃った場所は他に無いだろう。
一人になりたい時は必ずここに足を運ぶ程、葵にとっては一番落ち着ける場所なのだ。
それも、まだ赤ん坊だった葵が、この場所で発見されたことも理由のひとつかもしれない。
つまり、ここは葵にとっての始まりの場所でもある。
木板をぐるりと繋げただけの、簡素な箱、──ほとんど銭湯にあるような桶にしか見えないようなものだったらしいが、とにかくその中に、ボロ布に包まれ、祠の前に置かれていたらしい。状況からして、相当貧困に悩んだ末の結果なのか、なんなのか……。
(なら、子供なんて作らなきゃいいのに……)
葵はすぐに施設に預けられ、一歳にもならずして、今の養父母に引き取られた。
当然だが、生みの親の顔も、本当の誕生日すら知らない。まあ、高校を卒業出来たとしても、決して探そうなどとは思わないが……。
葵はギリギリ肩につかない長さの髪をかき分けて、首の後ろに手を当てた。そこには火傷のような痕がある。
────五枚葉の花のような形。
この痕がアオイの花の形に似ているという理由で、今の両親は〝葵〟と名付けたらしい。
なぜこんな所に火傷痕があるのかは、生みの親にしか分からないだろう。
(ほんとは髪、伸ばしたいのに……)
そう思うのにできないのは、学校の校則で肩に着くと髪を結わなければならないからだ。こんな所に疵なんかがあるせいで、髪を結ったら目立ってしょうがない。
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