51人が本棚に入れています
本棚に追加
「まーたここに居たの?」
ぴょこん、とナナが段差に飛び乗って振り返った。その仕草が小動物みたいでクスリと笑ってしまう。
「うん、あまり家にいたくないし」
「そっか……。ね、買い物行こうよ! 新しい服も欲しいし、付き合って」
「うん!」
ナナは今どきの愛くるしい女子高生だが、他人の悩みに無粋に首を突っ込んだりせず、こちらが話したい時には、静かに耳を傾けてくれる。
葵にとって、一緒に居ても肩の力を抜ける、唯一の友人だ。
「で、信くんに告んないの?」
二人並んでコンクリートで舗装された大通りに出ると、ナナが核心をついた。こちらの行動パターンは読まれているらしい。
葵は笑って誤魔化そうとしたが、当然、通用しない。
「さっさと言わないと、先越されちゃうよー?」
「で、でも……」
ピシャリと言いきられてぐうの音も出ない。
信人は近所に住む幼馴染で、その明るい性格から男女問わず人気がある。小・中と同じ学校だったが特別仲がいいわけでもなく、話した事もあまりなかったが、葵はずっと、密かに想いを寄せていた。それが顔に出ていたのか、すぐにナナに見抜かれ、それ以来早く告白しろ、と煽られる日々である。
「私なんかじゃ……」
「なんかってなによ?」
「だ、だって……」
葵は自信なく目を伏せた。
告白する気がないわけではない。しかし、自分に纏わり付く、気味の悪い〝枷〟が、いつも葵を思い止まらせた。
これまで葵が必死に築き上げた人間関係を、この〝枷〟が片っ端から壊していった。
「はあ……。 グズグズしてると、信くん……とられちゃうよ?」
呆れるように言うナナの表情は、俯いているせいで見えない。
(気を悪くさせちゃったかな?)
不安になって慌てて言い訳する。
「そのうち、きっと言うから!」
「そう言ってもう一ヶ月たってる」
「そ、そうだっけ?」
「そうですー!」
額をツン、とつつかれた。大きなアーモンド形の目を細めて睨む顔が、怖いよりも可愛らしくて全く迫力がない。
葵はほっとした。どうやら機嫌を損ねたわけでは無いらしい。
ナナとは高校を卒業しても、ずっと友人関係を続けていきたい。
「明日こそ、学校でいいなよ? なんなら、あおちゃんが言いやすいように、私がお膳立てしてあげる!」
「いや、それはちょっと……」
「だめだよ! そうでもしなきゃ、またうやむやにするんだから!」
「そ、そんなこと……。ほんと、いいから!余計なことしないでよ?」
「えーなんでよ!」
まずい、と葵は焦る。ナナはやると言ったら本当に行動を起こす。
「ほんと、本当に勘弁してください!」
「えー……」
それだけは!と必死に懇願すると、ナナは口を曲げて不満をあらわにしながらも、しぶしぶ頷いた。
(あ、あぶな……)
葵はまだバクバクしている心臓を落ち着かせていると、今度は悪巧みを含んだような笑顔を貼り付けて、葵を見上げた。
ナナがこの表情をする時は、決まって何かをねだる。
「じゃ、買い物付き合って?」
「良いけど……」
〝じゃあ〟って何だ、と身の内でつっこみながら、数駅離れた街にあるショッピングモールへと足を向けるのだった。
最初のコメントを投稿しよう!