3/4
前へ
/99ページ
次へ
 自宅の前で深呼吸をする。  ナナとの買い物が楽しくて浮かれていた気分は一転、自分の家を見た途端に気が重くなる。そんな家なんか、家と呼んでいいものか(はなは)だ疑問だが、いつまでもここで突っ立っているわけにもいかない。  意を決して、ドアノブに手をかけた。  家の中は(あか)りがついておらず、誰もいないことに胸を撫で下ろす。  台所で夕飯を作ろうと、居間の電気を付けると、ダイニングの椅子に人が座っていて、葵は声をあげずに驚いた。  義母(はは)だった。テーブルに肘を着いたまま動かない。 「お、かあさん……? 暗いから居ないかと思った……」  腫れ物に触れるように声をかけたが、葵の顔を見ようとしない。  義母(はは)が不機嫌な時は大抵(たいてい)義父(ちち)の事で何か問題があった時だ。 「……随分、遅いじゃないの」 「あ、ナナと遊んでたの」 「良かったじゃない、楽しそうで」 「う、うん……」 「私は()()()から、楽しい事なんて一度もないけどね」 「……」  どう答えても、地雷を逃れることは出来ないらしい。葵は黙りこくった。  〝あの時〟の事を持ち出されると何も言えなくなってしまう。 「お父さんは? 今日も帰ってこないの?」 「いつものことでしょう。またあの女のところよ」  義父(ちち)には愛人がいる。葵がこの家に引き取られるずっと何年も前から。 「あんたの卒業まで……」 「……え?」 「離婚はそれからって決めてあるの」  それは初耳だった。 「本当は中学まででも良かったんだけど、娘が高校を出ないだなんて恥ずかしいでしょう。ご近所はアンタが養子(ようし)だなんて知らないんだし」 「……うん」 「いい? 卒業したら、県外で就職先を見つけるのよ。私達も引っ越すから」 「えっ? そんなの、聞いてない!」 「言ってなかったもの」  平然と言う母は相変わらずこちらを見ようとしない。 「全員ここを出ていくの。あの人は女と一緒になるだろうし、私は実家に帰るけど、アンタの面倒見る余裕もないしね。高校行かせてあげただけ、ありがたいと思いなさい」 「そんな! そんなこと急に言われても……!」 「(きゅう)? 学校の進路相談だってまだ先でしょうに」 「それは──!」 「っるさい! 私が何年我慢してきたと思う!? アンタの為にどれだけの人生を犠牲してきたと!!」  落ち着いた口調だったが、急に声を張り上げたので、葵はビクッと肩を揺らした。 「あんたじゃない!! 全部、あんたがぶち壊したのよ!? ()()()に──!!」  ようやく義母(はは)は葵と目を合わせたが、その場に頭を抱えて泣き崩れてしまった。あの時からずっと、養父母(りょうしん)に向けられる目はこの(たぐい)のものだ。  葵はまた何も言えなくなった。  この状態の義母(はは)には、何を言っても火に油を注ぐ結果になることを、葵は長年の経験で知っていた。しばらくそっとしておくのが一番マシな対処法(たいおう)だ。  葵は自分の部屋に向かおうと、静かに身を(ひるがえ)した。 「養子(あんた)なんかとるんじゃなかった!! とんだ貧乏くじよ!!」  背中に母親の捨て台詞が浴びせられたが、溢れそうな感情をグッと押し戻すので精一杯だった。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加