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分厚く渦巻いている雲の隙間から太陽の光が差し込んで、薄っすらと東の空が明るくなって来た頃だった。私が目覚めて、ふと窓を見上げると。割れた窓から大きなカラスが、中の様子を伺っているように見えた。
「北斗! 起きて! カラスがこっちを覗いてる!」
「んぁぁああ。カラス? ……。……」
私が慌てて横で眠っている北斗の身体を揺すったり叩いたりして起こしていると、こちらを見ていたカラスが大きな羽をバタバタさせて、私の頭の中に話かけてきた。
《大丈夫ですよ! お嬢さん♪ あたしゃ別に何も悪さなんてしやしませんよ! ちょいとね。見かけないお顔だったので、ご挨拶させてもらおうと思っただけです》
「やだ……。何よこれ? カラスの言葉が……」
《おや? このお嬢さんはまだ、人間以外と話をしたことが無かったようだね。そりゃスマナイね。驚かせてしまったみたいだ》
「これって……テレパシーってやつなの?」
《ああ。まあ、そんなもんだと思えば良いのさ。あたしゃルディーっていうんだ。人間の言葉で例えるなら『情報屋』ってやつさ》
眠りから覚めて間もない私には、目の前にいるカラスの話していることが、まだ夢の中で起きていることのように思えて信じられなかったから、横で気持ち良さそうに眠っている北斗の頬を思いっきりつねって現実かどうかを確かめていた。
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「いってぇじゃねえかーーー!! チェリー!! 何すんだ!?」
「いいから! あれ! あのカラス!」
「あん? カラス?」
《クククク。お嬢さんもやるね? 自分ひとりじゃどうも不安だからって、お兄さんを起こしちまったのかい? まあ、良いんだけどね。あたしゃ『情報屋』のルディー。よろしくね♪ お兄さん♪》
私に頬をつねられて起き上がった北斗に向かって、カラスのルディーはクスクスと笑いながら北斗にも挨拶をしていた。
「おおおお、おい! カラスがオレの頭ん中に話しかけてるぞ? チェリー! これって……マジか!?」
「マジみたい。私にも聞こえるもの。この世界はどうなってるんだか……。私には、もう何がなんなんだか……訳がわからないわ」
私が北斗にルディーを無視して、未だに理解し切れていないこの壊れた世界のことをいつもの様に嘆き出すと、ルディーは苦笑して翼をバサバサしながら少しこちらに近付いて来て、私と北斗の間に割って入ると勝手に私の疑問に答えてくれていた。
《そんな風に嘆きなさんなって、これはね。お嬢さんたち人間が進化を遂げたことで、あたしたちの言葉をやっと頭で理解出来るようになったんですよ》
「進化……って、この能力のことよね? ルディーはどうして私たちが進化出来たのか、理由を知ってるの?」
《詳しいことは知りませんけどね。きっと、あの核ってやつが原因なんじゃないですかい? あれのお陰で恐ろしい化け物がこの街にもうじゃうじゃ現れるようになりましたからね》
「やっぱりそうなのよね。あの馬鹿な戦争でこんなことになっているのよね。……教えてくれてありがとう」
私は目の前にいるルディーの足元に、荷物の中から非常食のカンパンをいくつか取り出して置いてやった。
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このおかしな世界では、飲み水や食料を手に入れることが一番困難なことなので、ルディーは足元のカンパンを見て嬉しそうに一度翼を大きく広げて私に向かってお辞儀をして、さらに話を続けた。
《フフフ。お若いのに随分気が利くお嬢さんですね。これだけの報酬を頂けるのなら、もう少しあたしが知ってる情報を話しておかないといけないね》
「まだ、何かあるの?」
《ええ。このホテルから東に200mほど先に廃工場があるんですがね。そこは、この街の悪党たちの溜まり場になっているので、近くを通る時には十分に気をつけることをお勧めしますよ。まあ、この街で食料や武器を調達するのなら、あそこへ行くのが一番手っ取り早いんだけどさ》
「それは、それは、とても貴重な情報を頂きましたね。フフフ」
さっきまで、眠っていたはずのリーがいつの間にか起き上がってルディーの話を聞いてクスクスと声を漏らして笑っていた。
「リーも起きたのね。このカラスは『情報屋』のルディーよ!」
「ええ。聞いていました。ところで……。この『情報屋』のカラスさんは、私たちの情報も間違いなくどなたかに提供されるのでしょうね」
「あっ!?」
用心深いリーはそう呟くと、ルディーに掌を向けて能力を使うための攻撃態勢に入っていた。
「リー!! ちょいちょい、待った! 待った!」
「何ですか? 北斗!?」
「殺すことはねえだろ? なぁ、ルディー? まだ、悪党にオレたちのこと話してねえよな? な!?」
リーの殺気を逸早く感じ取った北斗が、ルディーを庇うようにして慌てて立ち上がってリーにやめるように叫んでいた。
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《ああああ、あたしはお嬢さんたちのことを誰にも話してませんよ! それに、あたしは、悪党と徒党を組むつもりなんてありませんからね! あんな薄汚いコウモリなんかと一緒にされたくないんでね!》
「コウモリ? コウモリもいるの?」
北斗の背中を盾にしてルディーは、早口で悪党なんかと手を結んでいないとリーに翼をバタバタさせて、必死になって訴えていた。
「まだ、信用出来ませんが北斗がそこまで庇うのなら、仕方がないですね。しばらく様子を見ることにしましょう」
「だから~! コウモリ! すっごく気になるんですけど~!?」
《ああ。コウモリね! お嬢さんは好奇心が旺盛だね。あいつらは同じ『情報屋』さ。でも、信用しちゃいけないよ! あいつらは、すでに悪党と徒党を組んでいやがるからね!》
「だったら、最初に出会った『情報屋』が、ルディーで良かったってことよね♪ そうでしょ? ねえ、リー♪」
ルディーからコウモリのことを聞いてスッキリした私は、リーの右の拳を優しく両手で包み込んで、リーのやり場を失ってしまってどうすることも出来なくなってしまっている負の感情を能力で癒してから、リーと北斗の間に立ってニィっと笑ってその場をおさめておいた。
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リーが何とかルディーを殺さずに済んで、私と北斗がホッとしていると。私たちの話し声で目を覚ましてしまったユーチェンがルディーを見上げて驚いて甲高い叫び声を上げていた。その叫び声で琥太郎も目を覚まして、目の前にいる大きなカラスに驚いて目をまん丸にして固まってしまっていた。
「チェリー! 大きなカラス! 怖くないの?」
「あ、ユーチェン、琥太郎も……。起きちゃったのね。大丈夫! 怖くないよ!」
「ああ。そいつは『情報屋』だな。カラスはまだ良いが、コウモリは用心しねえと、食い物や飲み水を根こそぎ持って行くらしい。オレは白い猫から聞いたんだがな。そういや、このことは教えてなかったな! へへへ」
「あらら、アランも起きちゃったんだ。アランは『情報屋』のこと知っていたのね」
アランは大きな欠伸をしながら、ルディーを見て「カラスなら問題ないし、味方にしておいて損はないぜ」と言って立ち上がって外の様子を確認しに出て行ってしまった。
「ねえ? ルディーには仲間はいるの?」
《ええ。この辺りではあたしを含めて5羽の仲間とさっき、あのお兄さんが話してた白い猫と情報を集めて、お嬢さんたちみたいな少しはマシな人間に生き延びてもらうための情報を伝えているんだよ》
「何だか、昔プレイしてたオンラインゲームを思い出すぜ」
「じゃあ、武器屋とかもあるのかな? セーブポイントもあったりしてね。フフフ♪」
《いやいや、さすがに『セーブポイント』なんてものはありませんよ! 武器屋は……。ああ、そう言えば! 武器ばかりを集めて取引を行っている輩がいるとは聞いています》
『情報屋』のルディーのことを自分たちにとって特に害がないと認識した私と北斗が、ついつい子供の頃に夢中になってプレイして遊んだゲームの世界のことを思い出して、リーを無視してルディーを交えて二人と一羽で話を弾ませていると、それを見ていたリーが呆れ果てた様子で大きなため息を吐いて、その場に頭を抱えて座り込んでしまった。
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