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ふと、立ち止まって顔を上げて空を見た。相変わらず灰色をした分厚い雲が渦を巻いて空を覆っている。子供の頃に見たあの澄み渡るような青い空はどこへ行ってしまったのだろうか。
5年前。愚かな人間たちが争いを始めたことで火花は広がり世界戦争を巻き起こした。挙句の果てに『核兵器』という玩具を使うことで、長い年月をかけて築き上げてきた様々なものが一瞬で消滅してしまった。
あの日から、私の知っている世界は消えて無くなり、大好きだった父さんも母さんも、私の目の前で灰になって死んでしまった。一緒に逃げていた友人も、こんな壊れた世界では生き延びることなんて出来ずに自ら命を絶ってしまった。
こんな朽ち果てた世界で私が2年も生き延びることが出来たのは、あの日に私が得た不思議な能力と今、行動を共にしている二人の男との出会いがあったからだ。
不思議な能力とは、世界が壊れたその日から何故か、特定の人間にだけ与えられた特別な能力のことだ。この能力を得たことで汚染された空気の中でも呼吸することが出来るし、屋外を出歩くことも出来る。ちなみに私は傷ついたり、毒に侵された身体を回復したり、疲れた肉体や心を癒す能力を身につけていた。それに補って人が話すどの国の言葉も能力を身につけた者には、全て理解出来るようになっていた。
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「おい、チェリー。あんまり離れて歩くと危ねえぞ!」
「あ。ごめん。考え事をしながら歩いてた……」
「それは、いけませんね。神経を集中して周囲に敵がいないか確認しながら前に進まないと怪我では済みませんよ! チェリー!」
先へ先へと二人から離れて、私が進んでいることを見かねて声をあげたのが北斗。葛城北斗。私より二つ年上の20歳。初めて出会った頃はとても華奢に見えた長身の彼の細い肉体は、いつの間にかこの過酷な環境によって鍛え上げられて逞しい肉体へと変貌してしまっていた。真っ黒な少し癖のある黒髪を後ろでひとつに束ねて、キリっとした涼しげな瞳に鼻筋の通った整った顔立ちをしているので、たまにジッと見つめられると胸がドキドキしてしまう。ただ。いただけないのが死んでいた兵士が着ていた迷彩服を脱がせて何食わぬ顔をして、そのまま身につけていること。そんな北斗の能力は、時間を一定の時間止めることが出来るという便利な能力だった。
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北斗に続いて私を叱り付けたのはジェイソン・リー。6年前から仕事の関係で日本に滞在していたアメリカ国籍の白人で28歳。多分独身。雰囲気はどこかインテリっぽい。髪は綺麗な金髪で自分で短くカットしている。リーの能力はオンラインゲームの中でよくある攻撃魔法みたいなものを身につけていて、頭の中でイメージするだけで相手を攻撃出来るので味方としてはとても心強い存在。
そして、私は原 千恵里18歳。リーが私をチェリーと呼ぶので、北斗もいつの間にか私をチェリーと呼んでいる。髪は少しウェーブがかかった茶色の髪に少し大きめの二重の瞳にすらっと伸びた細い手足。大きすぎず小さくも無いそこそこ形の良いバストにヒップ。この完璧なスタイルは物語のヒロインとしては合格点をもらえるわよね。
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私たちが今、目指しているのは海岸。日本が海に沈んでしまうのも時間の問題なので、船を探して大陸を目指そうと計画している。
「それで? 船って本当にあるの?」
「港へ行けばきっと何かあるさ。何とか動く船を見つけて日本を出ないと、あと何日も時間の猶予は無いはずだからな!」
「北斗! チェリー! 港が見えます。船も! 何とか助かりそうですね」
「いや。……そう簡単にはいきそうにないぜ!」
やっとの思いで港へ出て、船があることに安堵したのもつかの間だった。北斗の視線の先には大きな槍を抱えた大きな髭面の男が立ちはだかっていた。
「お前ら、痛い目に合いたくなかったら水と食料を黙って全部置いていけ!」
何度、このセリフをあの日から聞いたことか……。私が無言でうんざりした表情を北斗にして見せると、北斗も大きくため息を吐いて前髪を掻きあげて男を睨みつけていた。
「面倒くせえなぁー。オレが片付けんの? それともリーが吹っ飛ばす?」
「そうですね。北斗が時間を止めて奪えるものを奪ってあの男には、海に沈んでもらいましょうか? ククク」
この後は、数分とかからずに目の前の大男は北斗に時間を止められて、身包み剥がれて手足を縄で縛られて重たいコンクリートブロックと共に冷たい海の底へと沈んでいった。
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男を海に沈めた後、タイミングバッチリで港を出ようとしていたわりと大きな船に、私たちは上手く乗り込むことに成功していた。北斗の時間を止める能力のおかげで、今回も激しい戦闘をすることも無く計画を実行出来た。北斗自身も、もともとは平和主義なのでなんとか他の能力者たちとトラブルことなく船に乗り込めたことにホッとしているようだった。
「この船ってどこへ行くんだ?」
「ああ。さっき中国って言ってたのが聞こえたけど?」
「アメリカじゃないの?」
「さすがに遠いだろ?」
リーは少し渋い顔をしてアメリカまでは、船の燃料がもたないだろうって苦笑していた。こんな時に瞬間移動出来る仲間がいれば有難いんだけど。とにかく、海の底へ沈まずに済むのだから贅沢は言っていられない。
船に乗り込んでから、約3日かかってやっと上海の港へたどり着いた。港にはポツリポツリと人がいるだけで、私が想像していたほど…この辺りに生き残った人間は多くはいないようだ。こんな世界になる前は、たくさんの人が溢れかえって賑わっていたんだろうけど。……実際、この地球上に人間はどれくらい生き残っているのだろう?
「チェリー! 行くぞ!」
「あ、うん。ごめん」
「まだまだ、どんな能力者が現れるかわからないからね。用心してくださいね。チェリー!」
「わかってるわよ。リーは心配性なんだから……」
北斗が時間を止めてくれている間に船に乗っていた他の能力者たちに気付かれないように船から急いで降りた。大きく両手を広げて伸びをして、灰色の空を見上げた私は新しくこの土地で生活を始めることに不安を感じつつも、同じような境遇の仲間がいることを胸に願って、荒れ果てた街の散策を北斗たちと始めることにした。
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