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あちこち瓦礫が積み上がり、道路は所々が陥没してしまっていて歩ける場所が限られてしまっている。そんな荒廃した街に入った私たちが、周囲を警戒しながら歩いているとどこからか私の頭の中に語りかけてくる少女の声が聞こえて私は立ち止まってその声の主を探した。
『お姉ちゃん! 助けて! お願い! 助けて!』
「……!? ちょっと。助けてって……誰? どこにいるの?」
すぐ近くにいるのかと思って私は周囲を見逃さないようにゆっくりと見渡していた。しかし、どこにも少女はいない。
「どうしたんだ? チェリー?」
「声が、声が聞こえたのよ。女の子の声が。助けてって…」
「きっと、能力者ですね。もしかしたらかなり離れた場所からチェリーに助けを求めているのかもしれません」
「離れた場所だったら、どうやって探すのよ?」
恐怖で震えている幼い女の子の声が、まだ私の頭の中でこだましているようだった。少女はどこにいるのだろう? どうやって私に話しかけて来たのだろう? 私が黙り込んで立ち止まっていると北斗とリーが、いつの間にか私を庇うように目の前に背中を向けて立っている。
「お前ら、見かけない顔だな? どこから流れて来やがった?」
「ああ。確か…向こうのほうだったかな? あれ? あっちだったかな? すまねえなぁー。過去のことはすぐに忘れちまう性質なんだ。へへへ」
「ふざけやがって! 痛い目に合いたくなかったら、水と食料を全部ここへ置いていくんだな!」
二人の前にはガラの悪そうな顔をした小太りのスキンヘッドの男と、熊のような大男が鉄パイプを振り回して立ちはだかってこちらを威嚇していた。
まただ。ここにもまともに話せる人間はいないらしい。二人の後ろで私が大きくため息を吐いていると、それを察した北斗がすぐに時間を止めていた。
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『おねえちゃん! 助けて! 赤いレンガの壁がある壊れた建物の中にいるの! 早く! お願い。助けて!』
「……!? また聞こえる。女の子が助けてって。赤いレンガの壁の壊れた建物の中って……どうする?」
「あ。あれだな! あれじゃねえのか? 赤いレンガの壁」
「そうですね。行くだけ行って確かめましょう!」
北斗もリーもイエスともノーとも返事は返さないまま、赤いレンガの壁を見つけてその向こう側にある壊れた建物の中へ向かっていた。
「時間…止めるか?」
「いえ、もう少し様子を見ましょう」
「ねえ? なんか壁を叩く音が聞こえない?」
中へ入ると、建物の奥の方からかすかに誰かが壁を叩く音が聞こえた。周囲を警戒しながら、奥へ進んで行くとまた、頭の中に少女の声が聞こえて来た。
『今はダメだよ! 男が二人見張りをしてるの。それ以上はこっちへ来ちゃダメ! 見つかっちゃう!』
「北斗、見張りがいるんだって! 時間止めて進みましょ!」
「そっか、見張りがいるのか。よし、それじゃ仕方ねえな」
北斗に時間を止めてもらって、一番奥にある部屋のドアを開けると中国人らしい男二人が鉄パイプと大きな槍を抱えて少女の側で椅子に腰掛けていた。
「この子ね。私を呼んでいたのは……まだこんなに小さいのに」
「感傷にふけってる暇はねえぞ! ガキンチョ連れてさっさと逃げっぞ!」
「うん! ごめん!」
「行きましょう!」
北斗が少女の手の甲にそっと口づけると、彼女の止まっていた時間が動き出して意識が戻った少女は目を丸くして驚いていた。
「あなた、私を呼んだでしょ? 逃げるわよ!」
「う、うん。ありがとう! お姉ちゃん!」
私と北斗は念のために男たちの持っていた鉄パイプと大きな槍を奪って、少女を連れて急いで建物から離れた。建物を出た瞬間に用心深いリーは建物の入り口を攻撃魔法で壊して簡単には外へ出られないように瓦礫で塞いでしまっていた。
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私たちは出来るだけあの建物から離れるためにしばらく黙って瓦礫に塞がれた道路を走って逃げた。少女のことは、私が何も言わなくても北斗が抱えて逃げてくれていた。一キロくらい離れた所で、外壁がかなり朽ち果てて今にも崩れそうになっているショッピングモールを見つけて、建物の影に入って誰もいないことを確認してから、その場に私たちは荷物を投げ出して座り込んでいた。
「もう無理だぜ。これ以上は走れないぞ!」
「チェリー! 回復をお願い出来ますか?」
「ええ。そうね。体力回復しとかなきゃね!」
息を切らして倒れこんでいる北斗の横でリーが苦笑しながら、私に体力の回復を頼んで来たので私は慌てて先に北斗の体力を回復させてから、リーの体力も回復させておいた。助け出した少女もあちこち擦り傷や切り傷だらけでかなり体力も消耗しているようだったので彼女を優しく抱きかかえて治癒と回復を行うと彼女は声をあげて驚いていた。
「お姉ちゃん。すごいね! それにお兄さんも!」
「あなただってすごいですよ! こんなに小さいのに特別な能力を身につけているんですからね。大変な思いをたくさんされたんじゃないですか?」
「気がついたら…お父さんもお母さんもいなくなってて……」
「良く一人で頑張りましたね……」
リーの優しい言葉に触れた少女は、ずっと張り詰めていた緊張から開放されて両手で顔を覆って声を出さずに泣き出してしまった。私とリーは少女を代わる代わる抱きしめてから、私は彼女の涙が自然に止まるまで、母さんがいつも唄ってくれていた子守唄を口ずさみながら待つことにした。
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♪my baby―
あなたが幸せに包まれて笑っていてくれるのなら
私はいつも祈っているわ この身を焼かれても
この身を裂かれても♪
♪my baby―
あなたが幸せに包まれて笑っていてくれるのなら
私はこの身を喜んで天にささげるでしょう♪
♪忘れないで愛しいbaby―
いつも私があなたを守っているわ♪
♪忘れないで愛しいbaby―
ずっと私があなたを守っているわ♪
♪だから泣かずにお眠りなさい 愛の唄に抱かれて
ゆっくりとお眠りなさい 愛の唄に抱かれて♪
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「何度聴いても良い唄だけど切ないな。その子守唄……」
「本当ですね。何度聴いても、とても切なくなりますね」
「ママがね。歌手だったから、これはママが私のためにだけ唄ってくれた子守唄。ママが私に残してくれた宝物―」
「もう、大丈夫。素敵な唄をありがとう。お姉ちゃん♪」
私の歌声に北斗もリーも少ししんみりしちゃったけど、たくさん涙を流してスッキリしたのか、少女は今度は自分から私にギュッとハグして来てニッコリと微笑んでくれていた。
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私は少女をギュッと抱きしめてから、そのまま目線を彼女に合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
「それじゃ、あなたの名前から教えてもらおうかしら?」
「あっ! ごめんなさい。えっと……。私の名前は、李 宇春です。10歳です。もともとは台湾に住んでいました」
「台湾? それで? どうして奴らに捕まっていたの?」
「あの人たち。子供の能力者を売り買いしているみたいなんです」
人間同士の争いの結果が生み出した荒廃したこの世界の中で、自分たちの犯した行いを改めようともせずに生きながらえている奴らがいる。ユーチェンの話によると、私が一番大っ嫌いな類の人間たちが己の利益のために、能力を得て生き延びた子供たちを捕らえて売り買いしている組織がこの街にあるらしい。
「許せない。子供を売り買いするなんて!」
「チェリー! 落ち着いて。出来るだけ面倒なことには首を突っ込まないようにしないといけません」
「でも、リー! まだまだ、ユーチェンみたいな小さな子供たちが捕まってるかも知れないんだよ?」
「オレたちは正義の味方じゃねえんだ。チェリー、少し冷静になって考えよう」
ユーチェンの話を聞いて私が怒りをあらわにしていると、冷静なリーが私の気持ちを静めようと私の肩に腕を伸ばして来た。けれど、怒りの治まらない私がその腕を振り払って拒絶すると、北斗が険しい表情で私の腕を掴んで私の動きを静止していた。
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私の腕を掴んだ北斗は、私を自分の胸にすごい力で引き寄せるとギュッと強く抱きしめていた。
「今は我慢しろ。オレたちだけじゃ、どうなるかわかんねえだろ?」
「そうですよ。チェリー。気持ちは良くわかっています。でも、今は私たちと同じ思いを抱いている仲間を集めることが先決です」
「私もわかってる。そんなこと…わかってる」
「お姉ちゃん……。怒ってくれてありがとう。……あっ、そうだ! さっきね。男たちが話していたんだけど。すっごく強い男がいるんだって。正義の味方ぶりやがってって、言ってたからもしかしたら良い人かもしれない」
北斗とリーに宥められている私の側へ来て、ユーチェンが見張りをしていた男たちの会話を思い出して、私たちのようにまだ善意の心を無くしていない能力者がどこかにいるようだと話してくれた。
「その話は本当ですか?」
「うん。間違いないよ! でも、この辺りをずっと意識を飛ばして探して見たんだけど、見つけられなかったんだけどね」
「ユーチェンはまだ小さいから、能力を使える範囲が狭いのでしょうね。もう少し先へ進んでその男を捜してみましょう」
「そうだな。オレたちの目的は仲間を集めてまともに暮らせる街を構築すること。そうだろ? チェリー?」
「まともに暮らせる『世界』を私たちの手で作るのよ!」
次の目的が決まって私の高ぶっていた気持ちも、だいぶ治まっていた。そう……。私たちの目的は争いの無いまともに暮らせる世界を構築すること。これは、北斗が私を助けたときに与えてくれた私たちが生きるために成すべきこと。リーもそんな北斗に魅力を感じてずっと行動を共にして来たと。以前、私に話してくれた。北斗には善良な人間を引き付ける不思議な魅力がある。だから、いつの日かきっと北斗は良いリーダーになってくれると私は信じている。
いつまでも私の肩を抱いている北斗の腕を振り払って、私が荷物を抱えてその『正義の味方』を探しに先頭に立って先に外へ出ると、北斗もリーも慌てて荷物を抱えて追いかけて来た。ユーチェンはそんな私たちのやり取りを眺めてクスクスと笑いながら走ってくると、私の手を握って一緒に歩き始めた。
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