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あちこち瓦礫で塞がれた道を進みながら、私たちは警戒を怠らないように街の中心部へと向かっていた。何度か、人影が見えたと思って期待していたら、飲み物や食料を奪いにやって来た鬱陶しい輩ばかりだった。私のイライラが頂点に達しようとしていた頃になって、ユーチェンが私の手をグイグイと引っ張って正義の味方らしい男を見つけたと言って前方を指差していた。
「チェリー! もう少し先の瓦礫の影で赤いフードを被った男が3人の男に絡まれてる。その赤いフードの男の後ろに私くらいの歳の男の子が倒れてる。この赤いフードの人が多分、正義の味方だよ!」
「赤いフードね。敵は3人でユーチェンくらいの歳頃の男の子がいるのね。北斗? 聞こえた?」
「ああ。聞こえてるぜ。それで? その3人は能力者だよな?」
「えっと。一人は人差し指から炎を出してる。もう一人は相手の思っていることを知ることが出来るみたいで、残りの一人は……やだ。あれって…口から酸みたいな毒を吐いてる!」
ユーチェンが意識を飛ばして、敵に囲まれている正義の味方の状況と敵の男たちの能力を生々しく解説してくれていた。
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3人の能力者に囲まれている正義の味方のことが心配になった私が、すかさず戦況をユーチェンに尋ねると、ユーチェンが急にクスクスと肩を震わせて笑い出してしまった。
「ユーチェン? どうしたの? 正義の味方は? やられたの?」
「アハハハ♪ あの人凄いよ! すっごく強い! あっという間に3人の男たちをどこかへ消しちゃった!」
「消した? えっ!? 本当に?」
「うんうん! それがあの正義の味方の能力みたい♪」
私たちの出番は無かったようで、正義の味方は自分の能力で男たちを目の前から消してしまったようだった。
「リー? どうする?」
「そうですね。相手を警戒させないためにも先にユーチェンとチェリーが声を掛けてみて下さいますか? 私と北斗はここで待機していることにします」
「そうね。それが妥当かもしれないわね」
「危なくなったら、オレが時間を止めてやるからな!」
私とユーチェンは北斗とリーをその場に残して、正義の味方らしき赤いフードを被った男のところへ向かった。この2年間で私が出会ったまともな人間は北斗とリーとこの小さなユーチェンだけ。だから、あの赤いフードの男が本当に正義の味方であることを私は心から祈っていた。
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倒れている男の子の無事を確認している男の後ろから、私とユーチェンが近寄ると、男がすごい勢いで振り返ってこちらを睨みつけたので…ユーチェンが驚いて飛び上がって私にしがみついていた。
「誰だ!? お前ら、何者だ?」
「驚かせてごめんなさい。私は日本から来た千恵里。ハラチエリっていうの。仲間は私のことをチェリーって呼んでる。この子はユーチェン。ユーチェンが、あなたとその男の子を見つけてくれたの」
「ああ。そうなのか。まともな奴もまだいたんだな。大きな声を上げて悪かった…オレの名はアランだ。アラン・ラジェンスキー。生まれはロシアだ。仕事で上海に住んでいた」
「アランね。よろしくアラン! 実はね。あと二人。仲間がいるんだけど、会ってもらえる?」
私がまともな類の人間だと理解してくれたようで、アランは北斗とリーに会うことにもすぐに快く承諾してくれた。
「それと、さっきの男たちはどこに消えたの? アランが消したのよね?」
「ああ。奴らか……わかんねえ。どこかの宇宙空間かな? 奴らを消す時に思い浮かんだのが宇宙だったからな!」
「そうなの? ということは、アランが思い浮かべた場所に誰でも飛ばせるってことなのね?」
「確認したことは無いけど。多分そうなんだろうな!」
私の質問にアランは苦笑しながら答えると、心配そうに倒れている男の子を抱き上げていた。
「ねえ? ところでその子は? 大丈夫なの?」
「いや。あんまり大丈夫じゃなさそうなんだ。さっきの奴らにだいぶ痛めつけられていたみたいで、体中が傷だらけなんだ」
「そうなの!? だったら、早く手当てしないと! 私に任せて」
アランに抱きかかえられた男の子の体には、殴られたり蹴られたりして出来た傷や痣がたくさんあってグッタリとしていた。
私が男の子を優しく抱きかかえて、治癒と回復を行うと男の子もアランも声を上げて驚いていた。
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私の能力でスッカリ回復した男の子を見て、驚いていたアランは嬉しそうに笑って、男の子を抱きしめて喜んでくれていた。
「そうか、そういう能力もあるんだな! 傷つけるだけじゃないそういう能力が……。チェリー。オレは、お前のことが気に入ったぜ!」
「おじさん。お姉ちゃん。助けてくれて本当にありがとう。おいらは琥太郎。岬琥太郎おいら、日本で変な奴らに捕まってここに連れて来られたんだ。父ちゃんと母ちゃんは戦争で死んじまった」
「おいおい! おじさんはやめてくれよ! これでもまだ25歳だぜ。せめてアランって呼んでくれ~!」
琥太郎におじさんと言われたアランは、声を大にして自分の年齢を明かして琥太郎に名前で呼んでくれって叫んでいた。
「日本人だったのね。琥太郎。私も日本人なの。チエリ。ハラチエリっていうの。仲間はチェリーって私を呼んでるけどね」
「私はユーチェンよ! よろしくね。琥太郎。それと…アランも」
元気になった琥太郎に私とユーチェンが自己紹介をして打ち解けあっている間に、北斗とリーも駆けつけて来てアランと手を取り合ってお互いにまともな仲間を得たことを歓び合っていた。
「あ。それから、琥太郎の能力ってどんなものなの?」
「えっと。おいらの能力はあんまりたいしたもんじゃないんだ。水をこの手から出せる。それだけのことさ」
「ちょっと! すごいじゃない! 水だよ! 水! 琥太郎すごいじゃない!」
「そうです。この世界で水と食料はとても貴重ですからね。素晴らしい能力ですよ」
私とリーに自分の能力を歓喜されて、琥太郎は照れくさそうに頭を掻くと指の先から水を出して、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
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北斗もリーもアランとすぐに意気投合したようで、お互いこれから行動を共にすることに話が纏まっていた。そして、私たちはゆっくりと身体を休めることの出来そうな場所をこの辺りで探すことにした。
「暗くなったら出歩くのは、やめたほうが身の為だぜ。この辺りはおかしな化け物が暗くなると徘徊し出すからな!」
「おかしな化け物って? 何なの?」
分厚い雲の陰から届いていた太陽の光が、気が付くと少しずつ薄れ出していた。そろそろ太陽が沈み始めたようだ。暗くなり始めた空を見上げたアランは私たちに気にかかることを口にしてから、こうなる前はホテルであったであろう。まだいくらか酸の雨を凌げるくらいには屋根が残っている建物の中へ、私たちを案内してくれていた。
「ここならしばらくは滞在しても、問題はないはずだ。オレもここで3日過ごして化け物に襲われることも無かったからな!」
「アラン! だから、その。化け物って…何?」
「見たことねえなら、見ないと信じねえだろうな…」
「もしかして。あれか? 昔、良くやったゲームの世界に出てくるみたいなモンスターが出るとか言うんじゃねえだろうな?」
私がアランの話を上手く理解出来なくて言葉に詰まっていると、北斗がポンッと手を叩いてアランにニヤリと笑いながら疑問を投げつけていた。すると、アランは「正解だ!」と北斗を指差してニッと笑い返していた。
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