第255話【姫様再び】

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俺はギルマスの部屋の扉をゆっくりと閉めた。 まさかポラリスが謎の依頼人だったとは考えてもいなかったぜ。 って、ことはだ。 あの屋敷に引っ越して来るのはポラリスってことなのか? ならばポラリスがソドムタウンに引っ越して来るってことになるのか? マジで!? 何故にあいつがソドムタウンで暮らすんだ!? 気でも狂ったか!? いや、兎も角今は逃げよう。 走るんだ、俺!! 今は走って逃げるんだ!! そう考えた俺が振り返ると俺の背後の廊下には、ゴモラタウンの城で出会ったことがあるメイドのアンナが立っていた。 メイドとは思えないうっちゃり系のビッグボディーで廊下を塞いでいる。 「あらあら、アスランさま、どちらに行かれるのですか?」 アンナが太い声で訊いて来たので俺は吃りながらも答えた。 「ちょっと用事を思い出したので帰ろうかと……」 アンナは指をポキポキと鳴らしながら言う。 「やっぱり姫様が言った通りでしたわ」 「な、なんて言ってたの……?」 「必ず逃げ出すから逃がさないでねってね」 ばーれーてーるー!! 俺が逃げだすことが悟られていた!! だがアンナ一人だ。 これなら余裕で逃げられるだろう!! だが──。 アンナは大股を開いたあとに深く腰を落とした。 そして片膝に片肘を置いて、もう片方の拳を床に付けた。 その姿勢は低くて深い。 何より、巨漢で突進してくる構えだ。 「それって、相撲ですか……?」 明らかに相撲のポーズだ。 「スモウ? 何ですか、それ? これはレスリングですよ」 そうなの!? 俺はプロレスは知ってるけど、アマレスは知らんわ~。 まあ、アマレスって言うぐらいだから、アマチュアのレスリングなんだろう。 それに、アンナ一人なら簡単に、いなして逃げられるだろうさ。 アンナが凄む。 「ここを通すどころか逃がしませんよ」 「そうですか~」 俺は言うや否やダッシュした。 あの姿勢の引くさだと、股の間は潜れない代わりに、頭上が大きく空いている。 頭の上を飛び越えて逃げてやるぜ!! しかし──。 アンナのロケットダッシュが瞬時に俺との間合いを詰めた。 あのデブが速すぎるぞ!! 俺はアンナを飛び越えるどころか捕まってしまった。 胸を合わせて組み合ってしまう。 そして、ガッシリとベルトの後ろを捕まれた。 ふと思い出す。 朝の光景を──。 ガイアとパンダが取っていた相撲の光景を──。 ガイアはパンダに上手を取られて投げられていた。 上手投げだ。 「うらっ!!」 そして、アンナが剛腕の元に体を捻る。 凄い力だ!! これがレスリングなのか!? 相撲の上手投げだろ!? 俺は上手投げで背後に投げられた。 顔面から床に落ちる。 ドンッと頭の中で振動が響いた。 目眩がする。 そこで背後からアンナに抱き付かれる。 今度は彼女に力任せに引き起こされた。 俺の脳裏で次に食らう技がイメージされる。 ジャーマンスープレックスか!? だが、違った。 「そーーら!!」 一回空中に上げられた体が、後方に片手で投げられる。 裏投げかな!? いや、もっと遠くに投げられる。 俺は空中を飛んで、ギルマスの部屋の扉を突き破って室内に飛び込んだ。 痛いぞ!! そして、床をゴロゴロと転がってマホガニーの机に激突して止まる。 ああ、思い出した。 アンナってポラリスのレスリング専用コーチのメイドなんだよな……。 あの怪力プリンセスと毎日スパーリングしているんだもの、弱いわけが無いよな。 アンナも怪力レベルなのね。 侮ったわ……。 俺がバックドロップを食らったかのような体制でマホガニーの机に寄りかかっていると、可憐なドレス姿のポラリスが歩み寄って来た。 そして俺の顔を覗きこみながらポラリスが言う。 「アスランさま、逃げるは無駄ですわよ。観念してテーブルに付きなさい」 「はい、分かりました……」 俺はポラリスに言われるがままソファーに付いた。 ギルガメッシュの隣に座り、正面にはポラリスが座った。 まだアンナは壊れた扉の前で仁王立ちをしている。 そしてギルガメッシュが言う。 「それにしてもお前たちが知り合いだったとわな」 そっぽを向いた俺が答える。 「ちょっとした腐れ縁みたいなもんだよ……」 俺の言葉をポラリスは何も言わずにクスクスと笑って聞いていた。 逆に何も言わないのが怖いわ! 何を考えているか分からんじゃあないかよ!! 更にギルガメッシュが俺に問う。 「でえ、ポラリス嬢からのご指名の仕事は終わったのか?」 「ああ、終わったよ。あとはあの屋敷から亡者たちに出ていってもらうだけで終わりだ。それも話が付いてて、これから俺がすませるから、直ぐに屋敷に住めるぞ」 するとポラリスが口を挟む。 「住むのはもう少しあとになるかしら。まずは引っ越しで荷物を揃えないと」 まあ、家具は揃ってるから引っ越し作業は要らないと思う。 それにミイラメイドたちが日々の労働で綺麗に保っていたから直ぐにでも住めるはずだ。 だが今は黙っておこう。 それは俺には関係無いもんね。 それよりもだ──。 俺はポラリスに問う。 「なあ、ポラリス」 「何かしら、アスランさま?」 「なんでお前がこの町に引っ越してくるん?」 「それは、わたくしがこの町の君主に任命されたからですわ」 「「へぇ!?」」 俺とギルガメッシュが声を揃えて惚けた。 予想外の回答に俺が再び問う。 「どう言うことですか、ポラリスさん?」 「だからわたくしがこの町の、次の君主に任命されたからですわ」 「いやいや、言ってる意味が分からんですぞ?」 「だから、詳しく述べますと、世継ぎの居られない全君主のロズワールド卿が老体で引退なされるから、代わりにわたくしが国王陛下に、ソドムタウンの君主を任されましたのですわ」 「「うそぉ~~ん……」」 俺とギルガメッシュが再び声を揃えた。 そしてすぐさまギルガメッシュが疑問を口に出す。 「ロズワールド卿はまだ50歳そこそこで、まだまだ現役のはずですぞ。それが何故に引退を!?」 「世継ぎがなかなか儲けられないから、引退を早めて土地を手放したのではないのでしょうか?」 「ロズワールド卿は、今どちらに!?」 「グレン地方の別荘に引きこもると聞いておりますわ」 「グレン地方だと……」 なんかギルガメッシュの顔が固まってるな。 何故だろう? 俺は小声で訊いてみた。 「ギルガメッシュ、グレン地方ってどこなんだ?」 「僻地だ……。凄く辺鄙な僻地だ……」 あー、完全に飛ばされてるよ……。 間違いなく左遷されてるよ、ロズワールド卿さんはよ……。 なんか怖い大人の力が働いているな!! 本当に怖いわ~。 「兎に角ですわ。わたくしが次の君主ですわ」 「は、はあ……」 俺もギルガメッシュも、ただ溜め息に近い返事をするしかなかった。 しかし──。 これが、ソドムタウンにとって新しい時代の始まりだとは誰も知る余地はなかったのだ。 今現在ソドムタウンは、汚く醜い芋虫から美しい蝶に生まれ変わる蛹の状態に入ったのであった。 【つづく】
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