第600話【新しい出発】

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アルカナ二十二札衆による魔王城襲撃事件から数日が過ぎた。 結果から説明すれば魔王城にはたいした被害は出なかった。 謁見室の壁に大穴が開いた程度である。 ただ、いくつもの戦闘の舞台となった魔王城街のほうが被害が大きかった。 いくつもの建物が破壊され、ダークネスマイナーが登場したために出来た大通りの大穴などがそれらである。 ガイアとテイアーが作った十字路も被害が大きく見えた。 まあ、それらも数日が過ぎただけでどんどんと復旧していった。 ガイアとテイアーが作った十字路は、そのまま大通りとして使われることとなり、舗装が始まっている。 ダークネスマイナーが作った大穴は板や柱で塞がれ、その更に上に土や煉瓦を重ねて強度を高めている。 何故に大穴を埋めなかったかと言えば、ゾディアックが魔法使いギルドで地下施設として使いたいと述べたからである。 この大穴を基準に横穴を広げて、魔王城街に地下ダンジョンを築く予定らしい。 それに、この地下ダンジョンの建築にドワーフやノームたちが歓喜して、やる気満々であるのだ。 流石は大地の精霊族の子孫たちである。 そして、話を語る人物が替わる。 魔王城正門前。 天気が良い青空のある日に僕は釈放された。 「クラウド君、もう戻って来るんじゃあないぞ」 「ありがとうございました、スターチさん……」 僕はいつも地下牢獄の見張りを勤めていたハイランダーズの老兵に頭を下げると正門から魔王城を出ていった。 何ヵ月ぐらい投獄されていたか分からない。 三食におやつ付きのダラダラした生活でだいぶ太ったけれど、罪人とは思えない程の待遇だったな……。 腹も出たし顔も丸くなった……。 なんでだろう。 投獄されているはずなのに太れるのであろうか……。 不思議だ……。 そんなことを考えながら魔王城前の石橋を僕が渡っていると、湖の上をボーイッシュな美少女がクロールで泳いでいた。 しかも、もの凄いスピードで高波を靡かせながら泳いでいる。 「な、なんだ、あれは……」 僕が遠ざかって行く美少女の泳ぎを眺めていると、ドシンドシンっと地鳴りが轟いた。 そういえば、僕が地下牢獄で投獄されている間も時折地鳴りが響いていたっけな。 僕が町のほうを見てみれば、建ち並ぶ屋根の向こうに一つ目巨人の一角頭がチラチラと見えた。 「あれは、サイクロプス……」 サイクロプスを見るのは初めてだ。 この魔王城は凄いんだな。 城内はリビングアーマーが警備して、大臣やメイドは不死のアンデッド。 街には巨人が彷徨っている。 まさに魔王城に恥じぬ風景だ。 僕が石橋を渡りきり町中に入ると、その風景に更に驚いた。 人間、ドワーフ、エルフ、ノーム、ゴーレム、それらが共同で暮らしていた。 各自が様々な作業に励んでいる。 ゴーレムなんてストーンゴーレムからウッドゴーレム、四本腕のボーンゴーレムまで居るぞ……。 「は~い、どいたどいた(棒読み)」 「うわっ!」 僕が呆然としながら大通りを歩いていると、前方から大きな殿様バッタが跳ねてきた。 その背中にはホビットが乗っている。 「なんだ、あの巨大なバッタは……」 一目で分かる街の異常──。 この街は人間の町じゃあない。 人間の町じゃあなくて、皆の街だ。 複数の多種族が暮らす町なんだ。 「あれ……」 ふと気付く。 道の隅で体育座りする二人組が目に入った。 丸めた背中を家の壁に付けて、膝を抱え込んだ二人は、眼前に割れかけた器を置いて呆けている。 ホームレスだ。 しかも、全裸。 全裸だけどヘルムだけは被っていた。 そのヘルムに見覚えがある。 モグラのような形の黒いヘルムに、もう一人は真っ赤なヘルム…。 「あの二人って、アルカナ二十二札衆のダークネスマイナーさんとレッドヘルムさんじゃあないか……」 たぶんそうだろう、前に一度だけ天空要塞ヴァルハラで会ったことがある。 そんな人たちが何故にここでホームレスなんてやってるんだ? まあ、そっとしておこう……。 たぶん、触れないが吉だ……。 「それよりも……」 僕は懐から一枚の手紙を取り出した。 僕が投獄中に実家から送られてきた父からの手紙である。 父の手紙には、こう書かれていた。 前略、我が息子クラウドへ。 父はこの度、王国に準男爵の称号を返却することに決めました。 父は再び商人に戻ることを決意したのです。 極貧で貴族を続けるより、そこそこ裕福な商人を続けたほうが妻や娘のためになると考えたからであります。 家族の幸せを考えればこれが最善だと考えます。 更に、ゴモラタウンの商人協会会長ワイズマン氏から魔王城街での幹部を依頼されました。 お前ももう時期出所と聞きます。 なので、この依頼を受けて魔王城街に引っ越すことを決めました。 出所した際には、新しい我が家で一緒に暮らさないか。 母さんも姉さんも待っています。 兎に角、良い返答を待っている。 父セフィロスより。 「父さんも、立ち直ってくれたんだ……」 かなり安心した。 父の決断を僕も賛成している。 僕も冒険者より商人のほうが向いているような気がしていたから、父と一緒に商人の道に進もうと考えていた。 そのほうが平和的でいいんだ。 「あらら~、少年。やっと出てこれたんだね~」 「えっ?」 僕が前を見るとミディアムさんが立っていた。 「ミディアム・テンパランス…」 「その呼び方は、もうやめて~な~。この町だと不動産屋のミーちゃんで通っているからさ。それに私はアルカナ二十二札を抜けたから」 「本当ですか!?」 「抜けたって言うか、アルカナは解散したよ」 「解散!?」 「だから私はただの不動産屋のミーちゃんなのね~♡」 「じゃあ、アマデウスさんやノストラダムスさんは、どうなったのですか?」 「アマデウス様は冥界に旅だったわ」 「ハーデスの錫杖が手に入ったのですね……」 「アスランがくれたのよ」 「くれた……?」 「そうなの。それで一週間ぐらい前に街の広場で冥界門を開く儀式を行って、無事に冥界に旅だったわ。今ごろは最愛の奥様ゾンビとイチャイチャしてるんじゃないの」 「無事に冥界に旅立つって、なにそれ……」 冥界だよ……。 そんなところに旅立つのが無事なわけがない。 冥界って、普通は死んでから旅立つところじゃんか……。 ミーちゃんが笑顔で言う。 「まあ、それでアルカナ二十二札衆は解散。ノストラダムスはヴァルハラで農業に励んでいるし、アキレウスは冒険者ギルドに入って楽しく遊んでいるわ」 「本当ですか……」 呆れた話だ。 でも、平和的に纏まった様子で安心できる内容であった。 そして、彼女が訊いてきた。 「あなたはこれからどうするの?」 「僕は冒険者を辞めて、父の元で商人になる予定です。父が、この町に来ているらしいので」 「知ってる知ってる。ワイズマンさんのところで働いてるおっさんでしょう」 人の親父をおっさんって呼ぶな……。 本当に無神経な人だな。 「まあ、商人は悪くないわね。ならば、励みなさいな、少年~」 「はい、ミディアムさん」 「ちゃうちゃう、ミーちゃんよ!!」 「は、はい、ミーちゃんさん……」 「じゃあ、私はこれからお客さんに新居の案内があるから行くね。何か物件を探しているなら、また今度声をかけてよ」 「はい、その際は宜しくお願いしますね、ミーちゃん」 彼女は満面の笑みで微笑んだ。 彼女の笑みは、今まで何度も見てきたけれど、どれもこれも紛い物に見えていた。 でも、今の笑みは本物だと分かる。 ミーちゃんは、本心で笑っていた。 この町には、それだけの価値があるのだろう。 いや、価値ではなく、希望なのかな。 まあ、兎に角だ。 僕も、この町で暮らそう。 この町に根を張ろう。 新しい出発である。 【つづく】
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