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宮本さんとショッピングしてお夕飯。
定時に上がることを目指して頑張って仕事をして。
ぴったりにあがるのは無理だったけれど、何とか、定時から遅れる事30分ほどでエントランスへと降り立った。
宮本さんはさすがにまだ来てない…よね。
辺りをキョロキョロしながら受付の前を通り過ぎ、社員証をカードリーダーに通してビルのドアの横に立つ。
何か…そわそわする。
ロッカーで一応髪の毛とかして来たけど、大丈夫かな。
手ぐしで少し髪を整えてたら今度はスカートに皺がないか気になり始める。
前は大丈夫だけど、皺が出来るのは後ろだから…
振り返ってコートの端から出ているスカートの裾を一生懸命確認してみても大して見えない。
鏡…確認してくれば良かった…
「……何?後ろ気になるの?」
ひいっ!宮本さん!
ヌッといきなり登場しないでください!
「だ、だ、大丈夫です…ちょっとスカートの裾に皺がないか気になったので」
宮本さんがふーんと真顔で私のスカートの裾を見る。
「見た感じ大丈夫そうだけど」
「そうですか、ありがとうございます…」
…って、宮本さんにチェックさせてどうする。これじゃあ何の為のチェックかわからないじゃない。
項垂れる私を「ん?」と小首を傾げる宮本さんの仕草が、幼顔のせいか、やっぱり可愛く見える。
「あー…宮本さんいいな。今日も可愛いよね。かっこいいしさ…」
「本当!素敵だよね。」
受付嬢の方々が、目をハートにして見てますよ、宮本さん。
なんて考えていたら、ギュッと突然右手を握られた。
「…とりあえず、移動するよ。」
こ、ここで手を握る?!
さっきの受付嬢の方々の声、届いてましたよね?宮本さんにも…
「えー…今度の彼女冴えない。」
「いいじゃん。あれならいつ告白しても付き合って貰えるって!」
…ああ、なるほど。
私じゃ嫉妬の対象にもならないから、別にどこで繋ごうが何しようが平気って事か……。
ハハッと自嘲気味に密かに笑いながら、宮本さんに引っ張られるままビルの外に出た。
ドアの外すぐは気圧の関係か、ビル風がびゅうっと吹き付ける。
「寒っ」っと背中を丸めた宮本さんが、私の手を握ったまま、コートのポケットに突っ込んだ。
「座布団てどこ行きゃ売ってんだろ。ホームセンターとか?」
「雑貨屋さんとかにも今はあるかもしれませんけど…」
「ふーん…全然わかんないかも、俺。何か好きなトコある?」
好きな所…か…。
私の趣味でいいのかな…と思いつつ、まあ、どうせ私のお尻に敷く物だし、私が買うんだからと、雑貨屋さんへと宮本さんをご案内。
「…『ゆるネコびより』。へー…」
宮本さんが私の横に立って、興味なさげにヒョイッと一つぬいぐるみを手に取った。
「あ、それ…『まる』だ。」
「名前ついてるんだ。」
「はい。最初の飼い主が拾われてすぐに他界。その後、近所の人から愛されつつも、飼い主さんが見つからずにいたトラ猫です。でも、最終的にはちゃんと飼い主さんが見つかって、余生をのんびり過ごしているんです。」
「そんな具体的なエピソードがあんの?こんなのんびりした顔して、苦労してんじゃん。」
「あっ、“たぬきのたーちゃん”だ。この子は、自分がたぬきだと思って、虚勢を張ってノラになっていたのに、実はネコだってわかって戸惑ってる感じの猫です。」
「何かどれも設定が何となく一筋縄じゃ行かない感じで、シュールだね…。」
「”ゆるネコびより”はそこが好きなんですよね…見た目が可愛いからそのギャップが。」
「そうなんだ…んじゃ、こいつは?」
「”しろねこ”はただのしろねこです。」
「こいつだけエピソード無し?!それ、可哀想過ぎない?逆に。」
フハッと少し楽しそうに笑うと“しろねこ”をその丸っこい指でヨシヨシと撫でる宮本さん。
……いいな。”しろねこ”
どことなく“しろねこ”にヤキモチをやきつつ、”ミケねこ”のクッションを手にとった。
両腕で抱えるくらいの大きさだけど、軽くて、毛布よりも毛足の短い柔らかい滑らかな生地でできたそれは、抱き心地抜群。丸い目とぼた餅みたいな鼻と口。刺繍されているだけのひげ。愛嬌のある顔に、やっぱり可愛いなと思った。
ただな…値段が結構する。
でも一週間経ったらうちにお留守番になるわけだからいっかな…奮発しても。
今、家に”ゆるねこ日和。”のもの、たくさん飾っているわけじゃないし。一個位大きいのが居ても平気だし。
「うーん…」
迷ってたら、宮本さんが隣で首を少し傾げた。
「…ねえ、思ったんだけど、その上に座れるの?」
「あ…確かに…この上に座るのは忍びないですね。どちらかと言うと、こうやって抱えたい感じかも。」
ギュッと抱きしめて見せたら
「じゃあ、却下。」
するりとそれを抜き取られた。
「そこのポジションは俺のなんで」
瞬間的に頬が熱くなる。
棚にクッションを返した宮本さんが、振り向きざまに口角をキュッとあげて私の左頬を優しくつまんだ。
「目的は麻衣が座る為の座布団です。そこを忘れない様に。」
「は、はひ…」
つままれたほっぺたが…幸せだって悲鳴をあげてる。
けれど、「ほら。とっとと探すよ。」と宮本さんはさっさと離れて違う陳列棚に歩いて行く。
…もう少し、ほっぺたつままれていたかった…な。
後ろ髪ひかれて、そっと触れた頬はまだ熱を持っていた。
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