ねこマフラーの話

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 ニャン太が、ついにほどけ始めた。  ニャン太はうちで飼っている猫だ。グレーと白が混ざったような毛色が特徴で、うちの中で一番大きな顔をして鎮座ましましている。  まあ、五十年も生きていれば大きい顔もするよ。わたしより何倍も長生きだもん。てか、五十年なんて猫にしては生きすぎな気もするけど、生きちゃったものは仕方ない。  そんなニャン太のしっぽの先から、ひらひらと毛糸の切れっぱしみたいなのが見えて来た時は、ああ、もうほどけちゃうんだな、と家族全員が思ったものだ。  え? 猫がほどけるって何だって?  ああ、そっちじゃ猫はほどけたりしないんだね。君んとこじゃそうなんだろうけど、こちらの世界じゃ、猫はほどけて毛糸になるものなの。  猫だけじゃないよ、犬だってほどける。モフモフな奴は特に。  ニャン太みたく、しっぽの先に糸の先っちょが見えたら、もうほどける合図なんだ。  猫自体も自覚があるのか、やたら毛並みを整えたり、シャンプーを嫌がらなくなったりするんだ。 「ああ、ほどけかけてますね」  獣医さんは、ニャン太のしっぽを見るなり言った。 「もう一〜二週間もしたら、本格的にほどけ出すでしょう。静かなところに居させてやってくださいね」 「ニャン太ももう歳ですからね」  お母さんは、獣医さんに話を合わせるように言った。  そうか、そうなんだ。ニャン太がニャン太でいられるのも、あとわずかなんだ。今更のようにわたしは気づいた。  あれだけ食い意地の張っていたニャン太は、だんだんものを食べなくなって来た。お父さんが熱燗と一緒におでんを食べてても、ちくわを欲しがってニャーニャーねだることもなくなった。毛づくろいをして、寝ていることが多くなった。  わたしはというと、お母さんに本と道具を買ってもらって、ひたすら編み物の練習をしていた。  飼っている猫がほどけたら、編んで手袋やマフラーにする人は多い。ほどけてしまっても、一緒にいられるからだ。「ねこマフラー」とか「ねこ手袋」って言うんだって。  手袋はさすがに難しいし、他の毛糸を足してセーターなどにするのもなんか違ってる気がして、結局わたしはマフラーの編み方をひたすら練習していた。まあ一番簡単だし。  ニャン太はそれから一週間程で本式にほどけて行った。  猫はほどけるのを他人に見られるのを嫌がるので、家のすみっこの目立たない場所に寝床をおいて、たまに様子を見るくらいにしておいた。  わたしが見た時にはニャン太はもう半分くらいになっていて、それでもわたしを見ると小さな声でにゃあ、と鳴いた。  うん、もうちょっとだね。もうちょっとで、すっかり毛糸になっちゃうね。  撫でてやると、ニャン太はまた少し、ほろほろとほどけた。  それから三日もすると、ニャン太はすっかりほどけて、毛糸のかたまりになってしまった。グレーのような白のような、とてもきれいな毛糸だった。  わたしは毛糸をくるくるとまとめて、毛糸玉にした。マフラー一本くらいにはなりそうだ。それを材料に、さっそくマフラーを編み始める。  一目一目、丁寧に。材料はこれしかないから、間違えないように。一緒にニャン太とのこれまでの日々を編み込むように、少しずつ少しずつ編んで行く。  どうせなら、楽しい日々を編み込んだ方がいい、その方があったかいから。編み方の本にもそう書いてあった。  ニャン太のマフラーが出来たのは、12月も終わりかけの頃だった。グレーのような白のような、とても素敵な色合いのマフラー。ちょっと短めなのはご愛嬌だ。  わたしはさっそくそのマフラーを首に巻いて外に出た。街に出ると、年の瀬のせいかたくさんの人達が行き交っている。  あ、あの人もねこマフラーを巻いてる。とてもつややかな黒のマフラー。あっちの人は、三毛だったのかな、白と黒と茶が入り組んだ迷彩柄になってる。  でも、やっぱりニャン太のマフラーが一番素敵。自画自賛かも知れないけど、そう思う。  年が明けてお正月になったら、このマフラーを巻いて初詣に行こう。ねえ、ニャン太。わたしはマフラーをそっと撫でた。  すると、わたしの口から猫が喉を鳴らすような、ゴロゴロという音がした。ニャン太の喉をくすぐってやった時に鳴らした音とそっくりだった。  聞いたことがある。ねこマフラーを巻いていると、たまにそんなことがあるんだって。 『ねこマフラーは、猫達からあなたへの一番最後のプレゼントです』  ねこマフラーの編み方の本にそう書いてあったことを、わたしは不意に思い出した。マフラーになったニャン太が、「ニャー」と鳴いた気がした。  空からは、いつの間にかちらちらと小雪が舞い降りて来ていた。
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