星空の下で

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星空の下で

 清二は厩舎から馬を引っ張って、木の柵で囲まれた牧草地に馬を放牧していた。馬たちが一斉に走って行く姿が見える。  その先に一人の女性が立っているのが見えた。 「清二君、遊びに来たよ」  春子は遠くから叫んだ。清二は春子の元に駆け寄った。 「本当に来てくれたんですね」  清二は満面の笑みを浮かべて言った。 「いいところね。落ち着いていて、こういうところで生活がしたいわ」 「ゆっくりしていってください」  馬が歩いて来て、春子の前で頭を上下に振る。春子は馬の頭を撫でて、聖母のような表情をした。清二はすっかり春子に見惚れていた。 「これ、作ってきたから一緒に食べましょう」  春子は右手に持っている木のバスケットを掲げた。ランチを作ってきたようだ。  春子が芝生の上にランチマットを敷き、清二はその上に腰を下ろした。春子はバスケットを開けると、中にはサンドイッチが入っていた。タマゴサンドの鮮やかな黄色が清二の目に映った。 「美味しそう」  と清二は感想をもらした。 「早起きして作ったのよ。牧場で食べたら美味しいだろうなって思って」 「料理出来るんですね。ただのお嬢様かと思ってた」 「何よそれ。私が何も出来たいと思ってたの」 「はい。まあ」 「ちゃんと花嫁修業もしてたんだから」 「何で、過去形なんですか」 「教えない。過去形だなんて、受験生らしいセリフだわ」  春子は頬を膨らませて怒っているようだった。清楚に見える春子の以外な一面に清二はより春子を好きになった。 「清二君は意地悪だわ」  春子はそう言って、タマゴサンドを食べ始める。清二もバゲットに手を伸ばすと、「どうぞ、お口に合うか分からないけど」と春子がわざとらしく嫌味を言う。清二は苦笑して、「いただきます」と言ってタマゴサンドを口にした。  タマゴサンドは柔らかなタマゴとパンのふんわりした食べごたえで美味しかった。 「美味しいです」  と清二が言うと、怒っていた春子も機嫌が直ったのか嬉しそうに視線を落としていた。清二の目のまえには馬がじゃれあう姿があり、牛がのろのろと歩くのどかな風景があった。吹いてくる風は渇いていて、心地よい風だった。  春子と並んで昼食を共にしていることに清二は幸福を感じていた。生きていてよかったとさえ思っていた。  春子は急に咳き込んで、口を押えた。清二は水筒の蓋を開けて春子に渡し、春子は水を流し込むと、症状は落ち着いたようだった。 「大丈夫ですか?」 「ええ、ちょっとむせただけだから」  と春子は言った。  春子が馬に乗って笑っている。清二は馬の綱を引きながらそんな春子を見上げていた。馬上にいる春子は姫のような趣があった。  遊び疲れて、春子は芝生の上に仰向けになった。清二は馬を厩舎に戻して春子の隣に腰を下ろす。今日一日ですっかり打ち解けられたような気がしていた。  辺りは暗くなり、星空が広がっていた。清二も両手を広げて仰向けになった。落ちてきそうなほど星が輝いている。隣を見ると春子は目を瞑っている。春子の顔をじっくりと眺めた。星明りの元で春子の顔は美しかった。鼻筋が通っていて、閉じられた目は穏やかで、希望に満ちている表情が見える。 「気持ちいいわ。ずっとこうして寝ころんでいたい気分よ」  春子が目を瞑ったまま言った。 「那須に来て、本当に良かった。春子さんとも出会えたし」 「嬉しいこと言ってくれるのね。死んだら、このどこか高原のようなところで昼寝でもしている毎日がいいな」 「縁起でもないこと言わないでくださいよ」 「私が死んだら清二君はどうする?」  春子は寝返りを打って、清二を見つめた。 「そんなこと言われたって」 「意気地のない男ね」 「春子さんが死んだら僕も一緒についていきますよ」 「道連れにするなんて、悪い女ね。ただもし私が死ぬとしたら傍にいてほしいの」  春子は神妙に言った。 「分かりました。僕が春子さんの傍にいますから」  春子は体を少し起こして、清二にキスをした。清二は驚きのあまり目を見開いたまま動くことが出来なかった。 「おやすみ」  と春子は言って、寝返りを打った。清二は呆然として、春子の背中に目を落とした。 「帰らなくていいんですか。こんなところで寝ていたら風を引きますよ」  清二は言葉を掛けるが、春子からの反応はなく、あまりに疲れていたのかすぐに寝息が聴こえてきた。 「仕方ないな」  と清二は言って、仰向けになって空を見上げた。春子の唇の感触がまだ残っていた。
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