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思春期にはサッカーをしたかった
「何騒いでんだよ。馬鹿じゃねぇの」
まだ成人にもなっていない日本人の少年が、俊敏なフットワークでボールを巧みに操り、名だたる外国人選手たちを置き去りにする。
「下らねぇな。こんなの毎日のようにTVで放送するんじゃねぇよ。大袈裟すぎるわ」
醜く太った20代の男が、TVに映った、日本人の誇りと称される、10代のサッカー選手を眺めて呟いた。そして、ため息をついた彼は、出前のピザを頬張りながら、チャンネルを変えた。
「サッカーができて、そんなに偉いかねぇ。どいつもこいつも持て囃しやがって」
男は、4枚のピザを一人で食べ終えると、こたつの中で横になった。
「しかし、動きにくいな。太りすぎたか」
男は、自分の腹を手で押さえ、10代の頃の今よりは、まだ細かった体を懐かしく思った。
(俺も、サッカーでもやっていれば、今も痩せていたのだろうか…?)
彼は、そう考えながら、眠りについた。
翌日の昼に目を覚ました男は、久しぶりに外へ出た。ズボンがまた、きつくなっていて、少し不安を覚えた。彼は、高校を卒業した後、大学へも受からず、就職もできずにニートになっていた。だが、たまに外に出ることはあった。
(今日は久しぶりにラーメンでも食べようか)
彼はそう思っているが、今月で(今日は月の二十日)、8回目のラーメン屋だった。久しぶりに外へ出たわけだが、今月の初めは、毎日のようにラーメンを食べていた。働いているわけではないので、もちろん親の金だった。まだ若いが、こってりとしたラーメンを始め、脂っこい食事ばかりを取っている彼は、後ろ姿を見ると中年のように見える体型だった。
彼は、目的地は最寄駅から1駅の距離にも関わらず、電車で行くつもりだ。最寄駅から目的駅までの距離は1kmもない。男の自宅から目的地までの距離は、もっと少なかった。
駅に着き、ホームまでの1階分の階段を登ると、彼はマラソンを走り終えたかのように息切れをしていた。息を整えながら、ホームを見渡すと、懐かしくも、憎たらしい顔を見つけた。
(あいつらは…)
脂汗を浮かべた男が、嫉妬の眼差しを向けるのは、1組のカップルだった。男の方は、襟足の長い金髪の、同じ中学校の元サッカー部員。女の方も同じく、同じ中学で、フリフリとした洋服を着て、髪を茶色く染めていた。二人は、周囲に憚らず、楽しそうにはしゃいでいた。
男は無性に苛立ち、幸せそうに話している彼らをホームから突き落とそうという、とても危険で惨めな発想を思いつき、とりあえず、彼らの背後から近寄った。足音が聞こえたのか、元サッカー部の男が、太った男に気づき、向き直ると、驚き、後ずさりし、熊を見るような怯えきった顔をした。太った男は、その表情に戸惑い、目をそらす。すると、元サッカー部の男は、余裕を取り戻し、かつて彼をいじめた時に見せた、ゴミを見るような表情を浮かべた。女が、気味悪がって口を開く。
「何このデブ」
チャラチャラとした金髪の男が、ニヤニヤと笑いながら言う。
「こいつ、中学の時の増田だよ。中学の時も、運動もせず、豚のようだったが。今や、脂汗を浮かべた出荷前の豚だな。養豚場に行くのか?」
「わー。なんか臭そうだし。早くどっか行けよ。同じ車両に乗んな、豚」
こみ上げる怒りを感じ、顔が赤くなるのを感じた。震え、泣き出しそうだったが、どうすることも出来なかった。豚と言われ、本名を言い当てられ、なぜか、自分の本質をつかれたような、正体を見破られたような気分だった増田は、何も言い返すことすらできずに、駅から逃げ出したのだった。
「殺してやる…」
そう誓うように呟いた。殺したいと言うのは流石に大袈裟かもしれないが、沸騰した頭は、何かに怒りをぶつけないと気が済まないように感じた。
帰り道に、何気なく芝生の公園を通った。すると、小学生くらいの少年たちが威勢のいい声を上げて、元気そうにサッカーをするのが見えた。
彼らも、サッカーが好きなのだろうか…?サッカー選手に憧れているのだろうか…?モテるのだろうか…?充実した少年時代を送っているのだろうか…?眺めながら、そんなことを考えていた。増田は、まだ幼い少年たちに、その未来に、嫉妬と羨望を感じてしまった。そんな自分が、情けなく、憎らしく感じた。彼らも、さっきの憎らしい男のようになるのだろうか…?女の子と付き合ったり、仲間たちと騒いで遊ぶのだろうか…?そう思うと、いてもたってもいられなくなった男は、衝動的な行動に出た。
「お前ら!サッカーなんてやってんじゃねぇ!」
そう怒鳴り散らしながら、増田は、サッカーボールを拾っては川へと投げ込んだ。隅にあるボールを8個ほど投げ入れた。
「こんなにボールいらねぇだろ!クソガキども」
サッカーボールは川面に浮かび、どこまでも流されていった。増田は、どこか満足気な表情を浮かべた。
「何してんだ!」
「どうしてくれるんだ!」
「練習の邪魔をするな!」
サッカー少年とコーチたちが口々に非難の声を上げる。残るはサッカー少年たちが持っているボールだけとなった。
「お前らが、やっていることの無意味さを教えてやるよ。球蹴ってるだけで、褒められるなんて、わけわからねぇ!お前ら、ボールがなければ何もできないだろ!全部のボールを川に沈めてやる!」
増田は、そう言い放つとボールを持っている少年たちに襲いかかった。少年たちは増田のノロノロとした動きの倍速で、増田を抜き去り、翻弄していく。
「ちょこまかするんじゃねぇ!」
増田は、一人の色黒の少年の足を蹴り、ものすごい形相で睨みつけた。しかし、泣きそうな顔を浮かべつつも少年は、虚勢を張った。
「お前みたいな、頑張っている人をバカにするやつなんかに負けたくない!」
増田は、そんな純粋な少年の叫びに、自分への情けなさと恥と怒りを感じ、殴りかかろうとしたが、
「もう、やめてください」
気づけば、サッカーのコーチに取り押さえられていた。もう50代くらいなのに、増田よりも力が強かった。身体能力で敵わないと悟り、頭を冷やした増田は言った。
「はい。やめます」
「始めからこんなことやめてください!警察に通報しますからね…」
増田は、自分のしたことの愚かさを感じ、泣き崩れていた。コーチは、増田にもう暴れる余力はないと感じ、拘束の力を弱める。増田は、サッカーに関わる人たちに囲まれ、本当は言いたかったが、今まで親にも、誰にも言えなかったことを話した。
「本当は俺も、サッカーをしたかったんです。こんな風な青春を過ごしたかった…何かの目標に向かい、努力する日々を送りたかった…」
本当の気持ちに気づいた男は、後悔の涙を浮かべた。
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