マフラーの新しい使い方

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マフラーの新しい使い方

寒い冬は首もとに何かを巻いて暖を上げたい。 その類いで最もオーソドックスなものといえば言わずと知れた… 『マフラー』 これに尽きる。 ある日のこと、人混みに押し潰されながら私は満員電車に揺られていた。 ふと、隣に目を向けると汗ばんだ中年サラリーマンの身なりがおかしいことに気づいた。 違和感…そう、彼は吊革の円の中に首に巻いてたであろうマフラーをくくりつけ、同時に自分の両手も縛り付けていた。 痴漢冤罪…回避。以前に巻き込まれたことがあるのだろうか。そこまでやる意味があるのだろうか。そんなことを頭の中で考えながら、私は彼の必死の回避行動を目の当たりにしていた。 確かに、この常軌を逸した姿形を見れば、駅員も警察も目撃者も被害者も彼を犯人にすることなど難しいだろう。 他のお客さんの疑念の眼には全く動じず、彼はただただ必死にしがみ巻き付けられている…。 両手を単に上にあげ、吊革につかまるだけではない二重回避術。 彼以外にこんなオリジナリティ溢れる芸当を編み出し、実行にうつせる人物がいるだろうか? 横行する電車痴漢犯罪…それに伴い冤罪も増えていく。そう、だからこそ自分自身を守るために…男性専用車両が実現するその日まで…。 んっ…冬の時期はマフラーだとして、他の時期には何で代用するのだろうか。 そんなどうでもいいような疑問を頭に浮かべていると、どうやら次の停車駅に着いたようだ。 ドドドド… 電車内の大量の乗客が駅に降りるのと入れ替わりに、駅員数名が中に入ってきた。 結局、マフラーの新しい使い方を公衆の面前で披露した彼は変質者として通報されていたようであった。 やはり、マフラーは首に巻くものだ。それ以外の使い道を模索することなどは日常を変えてしまうだけであると私は悟った。 痴漢は証拠などなくとも証言だけで有罪となる可能性が極めて高い。痴漢冤罪で全てを失った先に何が残るのだろうか…。 今、私のマフラーは意識を失った女性の首に巻き付いている。 私はそれを優しくほどき、自分の首に巻き直した。 【完】
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