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「梶原課長。検印ください」
小さな旅行代理店で働く俺は、パソコンのディスプレイから顔を上げた。話しかけてきたのは、派遣社員として働いている野中紗奈だ。まだ若くて、20代半ばくらい、か。俺より一回り近く離れている。肩までの髪をふわりと揺らして、落ち着いた雰囲気を持っている彼女は、特別美人ではないけれど笑うとぐっと無邪気な笑顔になる。なので、男性社員からの人気があるようだ。
「課長。今夜の飲み会、参加しますよね?」
野中さんから渡された10部ほどの書類に検印を押していくと、野中さんは俺の隣に立ちながら話し始めた。
「え?いや、俺はいいよ」
「え?たまには行きましょうよ。いつも参加しないですよね?新入社員の歓迎会も兼ねてるんですよ」
そうか。新入社員が2人入ってきた。その歓迎会と言われたら、参加するしかないか…。俺はそう思うと、思わず「はあっ」とため息をこぼした。野中さんは少し屈んで、
「あ、ため息。幸せ逃しちゃいますよ」
と笑って言うと、俺は検印を押し終えて書類を両手で縦に持って、デスクにトントンと軽く叩き、書類の端を整えた。そして、
「はい。この書類まとめたら、次のツアーのコンセプトの案件、よろしくね」
と言いながら野中さんに渡すと、野中さんは苦い顔になって書類を受け取り、
「はぁい。すぐやります」
と言って、つまらなそうに向こうを向いてしまうと、早足で自分のデスクに戻っていった。
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