第5章 忘れさせてくれますか

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緋奈巳は祖母の家を出て、キャリーバッグを引いて不動産に向かった。次の部屋はいくつか見てきていたが、イマイチピンとこない。が、そうも言っていられない。 「うちならいつでも」 職場のカフェ『エムカル』のアルバイトである梶原凜がそう言ってくれたけれど、さすがにそれは無理があるだろう。しかも、凜の父親と一度関係を持ってしまったし。緋奈巳はそう思うと、頭をポリポリと掻いた。奏多の部屋にあった荷物は殆ど処分してもらった。取りに行くのも面倒で…。職場以外では、もう会いたくなかった。顔を合わせたら、情に負けてしまうと分かっているから。 結婚して、田舎に引っ越すって言ったっけ。実家は石川県だったかな。実家は何やってたっけ?そういえば、詳しいことは知らない。家業を継ぐってことは、会社かお店か…。しかも、結婚。誰と?急に結婚って…子供ができたのかな。心変わりして、突然結婚なんて、なんでなんだろう。大きな喧嘩もしていないし、普通に楽しく過ごせていたはずなのに。 私のこと、嫌いになったのかな…。ダメなところ、言ってくれたら直したのに。直せるよう、努力することもできないなんて…。 緋奈巳はそう思うと、涙が溢れそうになった。 その時。 赤信号の横断歩道を歩き出していたことに気付いていなくて、パッパーッと横から大きなクラクションが耳に飛び込んできて、 「あっ!」 と思わず声を上げた。 「おいっ!!」 後ろから誰かが腕を思い切り引っ張って歩道に戻されると、周りにいた人たちも緋奈巳たちを見てざわついている。 「あ、す、すみません。ありがとうご…」 緋奈巳はお礼を言いながら振り向いて腕を掴んでいる人を見ると、驚いて顔を上げた。
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