サンタマリア

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彼女がふわりと微笑んで、それからついとひと粒涙を零し、あなたには私が見えているかしら。そう言って、またひと粒の涙を零した時、僕は酷く狼狽ながら、やっとの思いで言葉を紡いだ。見えているさ。もちろん見えているに決まってる。ほら、ごらん。僕の瞳には確かに君が居るだろう? 彼女は僕を真っ直ぐ見つめ、そうね。確かに私がそこに居る。でもね、違うのよ。私はそこにいるけれど、あなたが見ているのは私ではないの。あなたはずっと私ではない誰かと恋をしていた。そう言うと、またひと粒、またひと粒と涙を零した。 彼女の涙を拭いたい。と指先が微かに震え、そんなことをしても枯れた花はもう二度と生き返らない。と、貧弱な心が微かに震えた。 そう、花は枯れてしまったのだ。その時やっと気が付いた。 彼女は新しい道を歩いて行く。僕が共に歩くことの出来ないその道を振り返ることなく歩いて行く。   彼女は僕ではない誰かと手を繋ぎ、僕ではない誰かに微笑みかける。僕ではない誰かを愛し、そして愛される。 さようなら。そう言って微笑んだ彼女があまりにも美しく、結局何も言えずに、こくりとひとつ頷いた。 あなたは最後の最後まであなたのままね。だけどきっとそれでいいの。今更、未練なんて……重たい荷物が増えるだけだもの。彼女はそう言って踊るように歩いて行った。 僕はそんな彼女に背を向けて、伝えられなかった言葉を幾つも幾つも抱えたままで、数歩だけ歩みを進め、ついには歩くことなど諦めた。 あぁ、本当にまいってしまうよ。重くて重くて仕方がない。
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