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ふと、抱えていた言葉のひとつがするりするりと滑り落ち、足元で弾けるように音を立てた。薄ガラスが割れたような——酷く冷え込んだ朝を感じさせる透き通った美しい音だった。
僕はもう一度その音が聞きたくて、言葉の束を解放してみる。
言葉は次々と滑り落ち、ぱりんぱりんと弾け飛び、ひとつ。またひとつと粉々になっていく。面白いほどに連なる様に、其々が見えない糸で繋がれているのかと思ったけれど、どれほど目を凝らしても糸を見つけることなどできはしなかった。
そうして幾ばくかの時が流れると、抱えていた言葉の束は今や殆どがただの単語になっていた。
なんの脈略もない不揃いなそれらをじっと見つめ、隣近所の子どもたちでさえ、もう少しマシな言葉で話すだろうな。そう思わずにはいられなかった。
これじゃあ何も伝わらない。これじゃあ何も伝えられない。
そこまで考えて、あぁ、そうだった。と、ひとつ手を打った。例え言葉の束が言葉の束のままここにあったとしても、それを伝える術などありはしないのだ。彼女はもういないのだから……。
どれほど後悔したとして、何もかもが遅すぎる。彼女が求めていた言葉はもはや粉々に砕け散り、幾つかの破片が僕の心に深く深く傷をつけた。
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